瓢箪坂

文学と神楽坂

瓢箪坂は白銀(しろがね)公園の東南の角より東へ下る急傾斜の坂です。左の図は江戸時代、右の図は現在です。瓢箪坂の江戸時代と絵現代

しかし、「瓢箪坂」は実際よりも長く長くなっている場合もあります。たとえば、東京都新宿区教育委員会の『新宿区町名誌』や新宿歴史博物館の『新修 新宿区町名誌』では

白銀町と神楽坂六丁目との間を、西の赤城元町に上る坂を瓢箪坂(ひょうたんざか)という。長い坂で、途中でいったんくびれ、さらに盛り上っているので、その形をヒヨウタンの形にたとえたものである。

この言葉は長い長い坂です(青色)。しかし、水色で書いてある一部の坂は江戸時代にはありませんでした。
瓢箪坂の2
もうひとつは『ゼンリン住宅地図2010』などで、2つの坂があわさって、「瓢箪坂」がでてきることもあります。つまり右上の「瓢箪坂」と左上の「瓢箪坂」がありますね。

ゼンリン住宅地図の瓢箪坂

もう1つ、明治20年の内務省地理局の図です。今度は下から瓢箪坂は始まっています。

明治20年の内務省の瓢箪坂

標柱は

坂の途中がくびれているため、その形から瓢箪坂と呼ばれるようになったのであろう。

と、かなりいい加減な答えを書いています。現在形で「くびれている」という言い方はどれかがくびれているのかわかりません。過去にあった場合「くびれていた」と過去形にならないと、おかしい。

横関英一氏の『続 江戸の坂 東京の坂』では

瓢箪町は、街路がくねくね曲っていて、1小部分にくびれのある道路の町、または入り口が小さくて中が広い町をいうのだという。…
 池だとか湖だとか、山だの丘だのが、瓢箪の形をしているというは、ありうることで、これには問題はない。しかし、坂や道路が瓢箪の形をしているというのは、まずありえないことだと思う。「途中いったんくびれて、さらに盛り上っている形から瓢箪坂の名が起こった」と書いた人もあるが、「坂路がくびれていて、さらにそれが盛り上っている形」というのは、どんな形をいうのであろうか。…
 毎年夏になると、青い瓢箪が、いくつもぶらさがっているのがこの坂から見えたということから、瓢箪坂といったということは、ありそうなことである。
 昔は、子供の下駄に瓢箪の絵を描いたものを売っていた。『ころばずの下駄』といった。瓢箪をからだにつけていると転ぶことがない、というおまじないからきていることで、子供が転ばないようにと、心を配る親たちの思いやりからきたものである。…転ばないようにと、けわしい坂みちに、その安全を祈って瓢箪という名をつけたのではないだろうか」

横関英一氏の言葉も面白く、「ころばずの下駄」など新しい(古い?)言葉も増え、うきうきしますが、100%確実なものではありません。もう1つ昭和45年、新宿区立教育委員会の『神楽坂界隈の変遷』では、

今の神楽坂5丁目に面した側から三角形に飛出している道の突端、元盛高院の先には瓢箪(ひょうたん)というのがあった。これは津久戸から曲り曲り来ると、瓢箪の腹を横に這うように来るので、その地尻の丸い所からこの名がある。

「地尻の丸い所」は賛成です。しかし、「瓢箪の腹を横に這うように」には完全にはわかりませんが、やはり複数の坂を瓢箪坂といっているようで、英語ではHyoutan Slopeではなく、Hyoutan Slopesとなるのではないでしょうか。
結局、はっきり書いたものはないですが、『神楽坂界隈の変遷』に書いてあった説明が一番考えられる説明でしょう。

瓢箪坂(写真)
瓢箪坂(写真2)瓢箪坂(写真3)
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