漱石の散歩道2」への2件のフィードバック

  1. ウインドライダー

    散歩に関連して御照会お願いします。

    「硝子戸の中」四には『ジョンが殺されてから、無聊な彼は夜遊び昼遊びを覚えるようになった。散歩などに出かける時、私はよく交番の傍に日向ぼっこをしている彼を見る事があった。』という記載があります。
    ヘクトー存命中の大正2、3年の漱石の記憶と思われますが、この交番はどこにあった交番と考えられるでしょうか。

    漱石邸の周辺では、近い順に、弁天町交差点付近の交番、天神町付近の交番、馬場下町付近の交番、牛込柳町付近の交番があります。
    散歩に出かけた時によく見かけたというのは、恐らく放し飼いだったヘクトーの行動範囲とすれば、弁天町交差点付近の交番ではないかと思われます。
    http://www.geocities.jp/tqhdh168/20131201bentenchoenokicho30.jpg

    しかし、現在ある弁天町付近の交番、弁天町177の「弁天町派出所(現在・弁天町地域安全センター)」は、人文社製「明治40年1月調査 東京牛込区全図」では記載されていません。その後、大正11年の東京逓信局作成「東京市牛込区地図」には弁天町派出所(▲)として記載されています。「弁天町交番(派出所)」は明治40年以降、 大正11年までの間に設置されたと思われます。

    ところが、牛込警察署の資料によると、弁天町交差点付近の派出所は、 最初は、「弁天町」ではなく、、『榎町30』に「明治43年11月」に『榎町派出所』として設置され、 後に、「弁天町」移転したようです。
    http://www.geocities.jp/tqhdh168/Hectorpond1alternation1.jpg

    現在、『榎町派出所』が弁天町177の「弁天町派出所(現在・弁天町地域安全センター)」に移行した時期を調べています。
    明治43年11月以降、大正11年までに発刊された地図で、『榎町派出所』あるいは『弁天町派出所』が記載された地図はあるでしょうか。
    宜しくお願いします。

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    1. yamamogura 投稿作成者

      1976年、牛込警察署発行の『牛込警察署の歩み』という本があります。創立100年記念、付図3枚(市ヶ谷牛込絵図、牛込神楽坂警察署管内全図、東京第三大区小区分絵図だそうです。この本は、新宿区中央図書館別館閉架書庫の閉架書庫にありますが、図書館内のみで閲覧可能です。 新宿歴史博物館にもありますが、これも図書館内のみで閲覧可能です。おそらくこれを調べるのがベストです。

      明治43年11月以降、大正11年までに発刊された地図で区が発行した『地図で見る新宿区の移り変わり・牛込編』を見ると、大正5年の地図(早稲田は大正7年)があります(343頁)。派出所のXのマークが弁天町にちゃんとありますので、この時点ではあったと思います。その前は明治43年の地図なので、ありません。0343

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