日別アーカイブ: 2020年10月16日

神楽坂仲坂

文学と神楽坂

 神楽坂仲坂ってなに? はい、神楽坂通りの路地の1つです。えっ、どこにあるの。はい、でも、まず歴史から。
 寛政年間(1789年~1801年)の神楽坂二丁目の南方を見てください。「穴八幡旅所」がありますね。旅所とは一般には神体を乗せた神輿が巡幸の途中で休憩や宿泊する場所です。

仲坂


 文政年間(1818年~1831年)ではこの部分、多くは「市谷田町四丁目代地」に変わっています。代地とは、江戸時代,江戸で公用徴収された町地に対して代償として与えられた土地です。「穴八幡旅所」はぐっと減り、左に小さく出ています。
 さらに小栗横丁が初めて出てきました。おそらく、1801年から1818年までのどこかで出てきたのでしょう。

 下の赤い線は「小栗横丁」です。でも「?」の路地は何という名前なのでしょうか? 1801年から1818年までのどこかで、この路地も出現したのです。北方の横丁は「神楽坂仲通り」です。

 で、「?」について、本当に調べてみました。でも結論はわからない。というか、名前はない。「無名の坂」でした。無名の坂でもいいのですが、3つ星の日本料理店「虎白」もあります。あった方がいいと思いませんか? つけたい、と思っているのは、地元ではない人。それもわかっています。

 北に「神楽坂仲通り」があり、南はなだらかでも坂は「坂」です。そこで「神楽坂仲坂」ではどうでしょうか? 簡単? まあね。