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飯田橋駅と飯田濠(写真)ID 8792、8793 昭和48年

文学と神楽坂

 新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 8792と8793は昭和48年2月、牛込橋から飯田橋駅と神楽河岸、飯田壕を撮影したものです。

新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 8792 飯田橋駅ホーム、神楽河岸

新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 8793 飯田橋駅ホーム、神楽河岸

 ID 8792の右のスロープは、飯田橋駅西口改札とホームを階段代わりに結ぶものでした。古いレールを曲げて、スロープの基礎にしている様子がよく分かります。写真の電車は1番線に停車中で、奥の御茶ノ水方向に向かって発車します。
 撮影当時、飯田濠周辺は複数の工事が進行中でした。神楽河岸側、大郷材木店の材木置き場前には「営団地下鉄8号線飯田橋二工区土木工事/企画者 帝都高速度交通営団/施工業者 佐藤工業株式会社」の看板が出ています。その右にも別の看板が2種類あり、ひとつは「飯田堀土木工事」と読めます。
 ID 8793では画面左端から中央奥にむけてこういたを打って濠を区切っています。矢板とは土が崩れたり水が入り込んだりするのを防ぐため、建築物などに並べて打ち込む、板状のくいです。鋼矢板は並行に3列あり、手前に最も低い列、すぐ左にやや高い列。その奥の神楽河岸の建物と石垣に沿って高い鋼矢の列があります。
 外堀通りから鋼矢板の内側まで仮設の橋があり、クレーン車が停まっています。濠は水位を下げているようで、手前に干上がった水底が顔を見せています。またクレーン車の下には土の山ができています。すでに再開発工事が始まっていて、この写真の1カ月後の昭和48年3月31日に飯田濠の埋め立て工事が完了します。
 有楽町線の飯田橋駅は飯田壕ではなく外堀通りの地下に作られました。従って、この工事は再開発の埋め立ての様子と思われます。ただ少し後の時代のID 537 神楽河岸(昭和51年8月26日)では、大郷材木店前の鋼矢板はありません。この昭和51年の部分は地下鉄建設工事だったと推測されます。

有楽町線飯田橋駅(有楽町線建設史448頁に加工)

 写真の一番奥、首都高速道路の5号池袋線は昭和44年(1969年)6月に開通しました。ほぼ4年間の昔にできたことになります。ID 8793では、首都高の手前の下宮比町の建物がいくつか見えています。
 濠の右側に見えるのは倉庫だけでした。左側にはいろいろなものが並んでいました。

  1. 新宿区役所土木部牛込工事事務所神楽詰所
  2. 大郷私邸
  3. 大郷木材店倉庫
  4. 喫茶ポルブ
  5. 土萬商店資材置場土辰川村商店
  6. 東京都新宿東清掃事務所
  7. 東京都水道局神楽河岸営業所
  8. 東京都水道局神楽河岸営業所。水道局◯◯
  9. 丸友バチンコ
  10. オーシャン ウイスキー
  11. 歩道橋
  12. 倉庫

 上空では

  1. (第一)勧業銀行
  2. 日本写真学院
  3. パチンコ
  4. 婦人倶楽部/週刊現代(看板)*昭和49年(1974)11月「飯田橋第一勧銀稲垣ビル」になります
  5. 東海銀行
  6. 東海銀行(看板)
  7. 産業をひらく/鶴屋産業(文京区後楽2丁目)