文学と神楽坂
明治24年、尾崎紅葉 氏は読売新聞に『紅白毒饅頭』の連載を始めます。ここでは架空の玉蓮教会の縁日の様子ですが、毘沙門の縁日がもとになっていると言われています。昔の光景ですが、昔の名前で今の品物を売っていることも多いのでした。たとえば「竹甘露」は水羊羹と同じものでした。 架空の玉蓮教会は実際は神道大成教に属する新宗教の蓮門( れんもん ) 教だといわれています。コレラや伝染病が毎年のように流行するなか、驚異的に発展し、明治23年、信徒数は公称90万人。翌年尾崎紅葉の「紅白毒饅頭」などの批判を受け、大成教は教祖の資格を剥奪し活動を制限。30年以降、教団は分裂し消滅しました。
今日( けふ ) は月毎( つきなみ ) の祭日( さいじつ ) とかや。玉蓮( ぎよくれん ) 教会( けうくわい ) の門( もん ) の左右( さいう ) には、主待客待( しゆまちきやくまち ) の腕車( くるま ) 整々( せいせい ) と轅( ながえ ) を列( なら ) べ、信心( しんじん ) の老若男女( らうにやくなんによ ) 袂( たもと ) を聯( つら ) ねて絡繹( しきりに ) 参詣( さんけい ) す。
往来( おうらい ) の両側( りやうかは ) に市( いち ) を成( な ) す床廛( とこみせ ) の色々品々( いろいろしなじな ) 、われらよりは子供衆( こどもしゆ ) が御存( ごぞん ) じ、太白飴( たいはくあめ ) 、煎豆( いりまめ ) 、かるめら 、文字焼( もんじやき ) 、椎実( しゐのみ ) 、炙栗( いりぐり ) 、柿( かき ) 、蜜柑( みかん ) 、丹波( たんば ) 鬼灯( ほゝづき ) 、海鬼灯( うみほゝづき ) 、智恵( ちゑ ) の環( わ ) 、智恵( ちゑ ) の板( いた ) 、化物( ばけもの ) 蝋燭( らふそく ) 、酒中花( しゆちうくわ ) 、福袋( ふくぶくろ ) 、硝子筆( がらすふで ) 、紙製( かみの ) 女郎人形( あねさま ) 、おツペけ人形( にんぎやう ) 、薄荷油( はくかゆ ) 、薄荷糖( はくかたう ) 、皮肉桂( かはにくけい ) 、竹甘露( たけかんろ ) 、干杏子( ほしあんず ) 、今川焼( いまがはやき ) 、まるまる焼( やき ) 、煮染( にこみ ) の田楽( でんがく ) 、浪華鮨( なにはずし ) 、大見切( おほみきり ) 半直段( はんねだん ) の蟇囗( がまぐち ) 、洋紙製小函( やうしのこばこ ) 、おためし五厘( りん ) の蜜柑湯( みかんたう ) 。櫛( くし ) 、簪( かんざし ) 、飾髪具( あたまかけ ) 、楊枝( やうじ ) 、歯磨( はみがき ) 、箸( はし ) 、箸函( はしばこ ) 、老女( ばば ) の常磐津( ときはづ ) 、盲人( めくら ) の琴( こと ) 、玩具( おもちや ) 、絵双紙( ゑざうし ) 、銀流( ぎんなが ) し 、早継粉( はやつぎのこ ) や手品( てじな ) の種本( たねほん ) 。見世物小屋( みせものごや ) は女軽業力持( をんなかるわざちからもち ) 、切支丹( きりしたん ) の首切( くびきり ) 、猿芝居( さるしばゐ ) 、覗機関( のぞきからくり ) 、手無( てな ) し女( をんな ) 、日光山( につくわうざん ) の雷獣( らいじう ) 、大坂( おほさか ) 仁和賀( にわか ) 、天狗( てんぐ ) の骨( ほね ) 、姦( かしま ) しく呼( よ ) び立( た ) て囃( はや ) し立( たて ) て、大道( だいだう ) の雑閙( にぎわい ) 此神( このかみ ) の繁昌( はんじやく ) を知( し ) るべし。
[現代語訳] 今日は毎月の祭日だという。玉蓮教会の門の左右には、主人や客を待つ人力車がでており、整然と把手をならべている。信心の老若男女は袂をつらねて頻繁に参詣する。
道路の両側にある屋台はにぎわい、いろいろな品々をならべている。私たちよりも子供のほうがよく知っているが、太白飴、煎豆、カルメラ、もんじゃ焼き、椎の実、甘栗、柿、みかん、ほおづき、海ほおづき、知恵の輪、智恵の板、化物蝋燭、水中花、福袋、ガラス製ペン、紙製の女郎人形、オッペケ人形、ハッカ油、ハッカ入り砂糖菓子、シナモン、水羊羹、ほしあんず、今川焼、お好み焼き、にこんだ田楽、大阪寿司、値段半分のがまぐち、洋紙製の小函、おためし五厘の蜜柑風呂。櫛、かんざし、髪飾り、楊枝、はみがき、箸、箸函、婆さんの常磐津、盲人の琴、玩具、絵入りの小説、水銀塗り、接着剤、手品の種本。見世物小屋で見るのは、女軽業、力持ち、切支丹の晒し首、猿芝居、のぞきからくり、手無し女、日光山の妖怪、大坂の寸劇、天狗の骨。かしましく呼び立てて、はやしたて、大通りのにぎわいを見ると、この神の活況を知ってもいいと思える。
腕車 わんしゃ。人力車。客を乗せて車夫が引く二輪車。
轅 ながえ。馬車・牛車などの前方に長く突き出ている2本の棒。
絡繹 本来は「らくえき」で人馬などが次々に続いて絶えない様子。
市をなす 人が多く集まる。にぎわう。
床廛 とこみせ。床店。廛は店と同じ。商品を並べるだけの寝泊まりしない簡単な店。移動できる小さな店。屋台
太白飴 タイハクアメ。精製した純白の砂糖を練り固めて作った飴。
太白飴
煎豆 豆・米・あられなどを炒って砂糖をまぶした菓子
かるめら 赤砂糖と水を煮立て重曹を加えてかきまぜ、膨らませた軽石状の菓子
文字焼 もじやき。熱した鉄板に油を引き、その上に溶かした小麦粉を杓子で落として焼いて食べる菓子。
椎実 椎の果実。形はどんぐり状で、食べられる。
炙栗 熱した小石の中に入れ加熱した栗。甘栗に近い。
丹波鬼灯 植物のほおづき。京都の丹波地方で古くから栽培されている品種。皮を口に含み、膨らませて音を出して遊ぶ。 植物ほおづき 海鬼灯 うみほうづき。巻貝の卵嚢で同様の遊び方ができる。
智恵の板 正方形の板を7つに切り、並べかえて色々な物の形にするパズル。 http://file.sechin.blog.shinobi.jp/e9394230.jpeg
化物蝋燭 影絵の一種。紙を幽霊・化け物などの形に切り、二つを竹串に挟んで、その影をろうそくの灯で障子などに映すもの
化物蝋燭 http://o-bakemono.tumblr.com/post/72387607092/yajifun-geikai-yoha-matsudaira-naritami–藝海餘波。
酒中花 ヤマブキの茎の髄などで、花・鳥などの小さな形を作り、杯や杯洗などに浮かべると、開くようにしたもの
硝子筆 ガラス製のペン
女郎人形 女郎は本来は「じょうろ」と読み、遊女、おいらん。あるいは単なる女性のこと。女性の形をした人形でしょうか。<a
おツペけ人形 明治20年代、川上音二郎氏はオッペケペー節を書生芝居の幕間に歌いました。自由民権運動の歌で、格好は鉢巻、陣羽織、軍扇でした。同じ格好をした人形でしょうか。
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薄荷油 ハッカ油。主成分はメントール。薬用,香料などに広く使う
薄荷糖 ハッカの香味を加えた砂糖菓子
皮肉桂 ニッキ(ニッケイ、シナモンなど)の樹皮を乾燥したもの。独特の香りと辛味がある。
竹甘露 青竹に流し込んだ水羊羹。
干杏子 ほしあんず。程よい酸味と甘さがある干した果実
今川焼 小麦粉を主体とした生地に餡を入れて焼き型で焼成した和菓子。
まるまる焼 ミニお好み焼き。鉄板にリング状の型を置き、生地を流し込み、魚肉ソーセージが入ってる
まるまる焼http://ameblo.jp/hagurotetsu/entry-10922158071.html
田楽 豆腐、サトイモ、こんにゃくなどに串をさし、調理味噌、木の芽などをつけて焼いた料理。
浪華鮨 なにわずし。おおさかずし。大阪を中心に関西で作られるすしの総称。押しずし・太巻きずし・蒸しずしなどがある。
蜜柑湯 温州みかんの皮を入浴剤として使用する風呂。
老女の常磐津、盲人の琴 常磐津は三味線音楽の流派。三味線を奏でる老女もいたし、琴を奏でる盲人もいたのでしょう。
絵双紙 江戸時代に作った女性や子供向きの絵入りの小説。
銀流し 水銀に砥粉( とのこ ) を混ぜ、銅などにすりつけて銀色にしたもの
早継粉 都筑道夫氏の「神楽坂をはさんで」によれば、割れた陶器をつける接着剤のこと。
切支丹の首切 晒し首があるといって見せたのでしょうか。もちろん嘘の晒し首ですが
覗機関 のぞき穴のある箱で風景や絵などが何枚も仕掛けられていて、 口上( こうじょう ) (説明)の人の話に合わせて、立体的で写実的な絵が入れ替わる見世物
雷獣 日本の妖怪。雷とともに天から降りてくきて、落雷のあとに爪跡を残す、想像の動物。
仁和賀 素人が宴席や街頭で即興に演じたこっけいな寸劇
天狗の骨 たぶん動物の骨。谷崎潤一郎氏の随筆「天狗の骨」はイルカだったらしい 。
尾崎紅葉