大震災④|昭和文壇側面史|浅見淵

文学と神楽坂

荷風とビフテキ

 ところで、この時代の印象で、一ばん印象深く残っているのは永井荷風である。ある夕方、前記の田原屋へ食事に行くと、たまたま荷風がやはり食事しに来ていたのである。ツバながの、細いリボンのついた、恐らくフランス留学時代のものらしい黒の古ソフトをかぶり、白ブドウ酒を傾けながら、分厚いビフテキを食べているのだ。偶然出会ったらしい隣りのテーブルの中年男と、歯切れのいい江戸っ子弁で、どうも芸者らしい女の消息について話をとりかわしながら、ゆっくりフォークの肉片を囗に運んでいた。話し相手は神楽坂の待合の亭主らしかった。荷風がそのころ神楽坂で遊んでいたことは、その年代の「荷風日記」をひもとくと明らかである。白ブドウ酒は一杯きりで、荷風は食事が終わると直ぐそそくさと出て行った。が、立ち去るとき、テーブルに、五十銭銀貨をボーイのチップとして残していった。後年、荷風が亡くなったとき、荷風の吝嗇ということがしきりに問題にされたが、ぼくはこれを見ているのでちょっと意外な気がした。
この時代 これは関東大地震の時代です。
ツバなが 前面の日よけが長い帽子
ソフト ソフト帽「ソフト帽」の略。フェルトなどの柔らかい生地で作った男性用の帽子。山の中央部に溝を作ってかぶります。
消息 動静。様子。状態
待合 客と芸妓の遊興などの席を貸して酒食を供する店。
荷風日記 断腸亭(だんちょうてい)日乗(にちじょう)』のこと。永井氏は1917年(大正6年)9月16日から、死の前日、1959年(昭和34年)4月29日まで日記をつけていました。
五十銭銀貨 大正10年で新聞購読料が1円、清酒2級は92銭でした。したがって五十銭銀貨は2000~2500円ぐらいでしょうか。ただし、他の文献(『東京紅團』 http://www.tokyo-kurenaidan.com/mizukami-kyoto16.htm )では

50銭銀貨実用的には50銭硬貨が一番高価なコインでした。現在の価値に換算してみようとおもったのですが、換算する商品によって差が大きすぎるようです。現在5000円程度と考えるのが妥当とおもわれます。
吝嗇 りんしょく。けち。むやみに金品を惜しむこと。

文学と神楽坂

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