青葡萄⑥|尾崎紅葉

文学と神楽坂

無論(むろん)(かれ)通夜(よすがら)()いて、啼死(なきじに)()ぬか、(あるひ)はそれから(やまひ)()るか、自分(じぶん)(こゝろ)(ふた)つに()(ひと)つ、神気(しんき)(ため)錯乱(さくらん)して、(つひ)巣鴨(すがも)()き、秋葉(しゆうえふ)駒込(こまごめ)()られ、藤枝(ふぢえ)(れい)赤坂(あかさか)(おく)られたかも()れぬ。
一家三人(いつかさんにん)同日(どうじつ)災厄(さいやく)遺族(ゐぞく)六人(ろくにん)終天(しゆうてん)不幸(ふかう)(すんで)(こと)黙阿弥(もくあみ)正本(しやうほん)(しやう)()るところであつた!
自分(じぶん)(おぼ)えず(しば)(かた)(むか)つて、神明宮(しんめいぐう)遥拝(えうはい)したのである。
[現代語訳] むろん彼は夜どおし泣いて、泣いて死亡するか、あるひはそれから病気になるか、自分の心はふたつ、身はひとつ、精神力のため錯乱して、ついに自分が巣鴨の精神病院へ行き、秋葉は駒込病院感染症科へ行き、藤枝は例の赤坂の青山墓地へ送られたかもしれない。
 一家三人が同じ日の災厄、遺族六人は終わりのない不幸、すんでのことろで、黙阿弥の正本を本物で見るところであつた!
 自分は知らず知らず芝の方に向かって、神明宮を拝んだのである。

よすがら 終夜。一晩中。よもすがら。「すがら」は接尾語。
神気 万物のもとになる気。精神力。気力。
巣鴨 精神科で有名な都立松沢病院。
駒込 感染症で有名な都立駒込病院。
藤枝 尾崎紅葉氏の長女。
赤坂 不明。赤坂で考えるものはまず青山墓地。児童救済施設としては赤坂区青山にできた私設の東京孤児院。しかし、創設は1900年で、この小説は1895年にでています。公立の東京府養育院については赤坂の施設はありませんでした。
災厄 災い。災難。
終天 終わりのない時間。
黙阿弥 河竹黙阿弥。かわたけもくあみ。幕末から明治時代の歌舞伎作者。明治14年引退して黙阿弥を名のる。時代物、世話物、所作事を行ったが。本領は生世話物。生年は文化13年2月3日。没年は明治26年1月22日。享年は78歳。作品に「蔦紅葉宇都谷峠(つたもみじうつのやとうげ)」「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」など。
正本 謄本・写本などのもとになった本。原本。歌舞伎では上演用脚本。役者のせりふや動作、大道具・小道具・衣装・音楽などを詳しく書いた筆写本。
 しょう。本物。真実。
覚えず おぼえず。無意識のうちに。知らず知らず。
 港区の旧区名。増上寺、東京タワーがある。
神明宮 芝大神宮。港区芝大門一丁目にある神社。
遥拝 ようはい。遠くへだたった所から拝むこと。

(うれ)しくも春葉(しゆんえふ)(かへ)つて()た。届書(とゞけしよ)凧市(たこいち)(かど)派出所(はしゆつじよ)()したと()ふ。巡査(じゆんさ)()ぶが(ごと)(それ)()つて警察署(けいさつしよ)(はし)つたとやら。
派出所(はしゆつじよ)! 巡査(じゆんさ)! と()(ことば)は、(きは)めて、(きは)めて不快(ふくわい)(ねん)(おこ)さしめた、(むし)苦痛(くつう)(かん)ぜしめた、自分(じぶん)怏々(あう/\)として、(たゞ)(かれ)(かた)るまゝに(うなづ)いてばかりゐたのである。
(あゞ)派出所(はしゆつじよ)料理屋(れうりや)巡査(じゆんさ)御酌(おしやく)になれば()いがなあ。」
春葉(しゆんえふ)(かほ)()れば、
(さう)でございます。」
(かれ)苦笑(にがわらひ)をした。
自分(じぶん)(はじ)消毒薬(せうどくやく)失望(しつばう)し、(つぎ)には立合医(たちあひい)失望(しつばう)し、(いま)警察署(けいさつしよ)(ます/\)失望(しつばう)した。これから檢疫医(けんえきい)出張(しゆつちやう)がある。これが失望(しつばう)(そこ)である。(この)(そこ)()くか、()かぬか、一髪(いつぱつ)(つな)(ところ)(いま)
自分(じぶん)(また)ヰスキイを()むだ。(その)一盃(いつぱい)春葉(しゆんえふ)(あた)へて、
「これは魔除(まよけ)だ。」
(かれ)感謝(かんしや)して()けて、迷惑(めいわく)して嚥込(のみこ)むだ。
(エム)()(これ)()つたやうだ。」
自分(じぶん)(また)()む。
[現代語訳] 嬉しくも春葉は帰ってきた。届書は凧市の角の派出所へだしたという。巡査は飛ぶがごとくそれをもって警察署へ走ったという。
 派出所や巡査という言葉は、極めて、極めて不快の念を起こし、むしろ苦痛を感じた。自分は晴れ晴れせず、ただ彼が語るままに頷いてばかりいたのである。
「ああ派出所が料理屋に、巡査が御酌になればいいのに。」
と春葉の顔を見れば、
「そうでございます。」
と彼は苦笑をした。
 自分は始め消毒薬で失望し、次には立合医で失望し、今や警察署でますます失望した。これから検疫医の出張がある。これが失望の底である。この底を抜くか、抜かないか。一髪のつなぐ所はここだ。
 自分はまたウィスキーを飲んだ。その一盃を春葉に与えて、
「これは魔除けだ。」
 彼は感謝して受けて、迷惑して嚥みこんだ。
「M氏はこれで酔ったようだ。」
と自分はまた飲んだ。
凧市 新撰東京名所図会 第41編(東陽堂、明治37年、1904年)では「牛込肴町」として
「當町は神樂阪の表通りにて有名なる緣日を有する毘沙門堂あれば最も繁華なり。料理店(●●●)には吉新(二番地)鳥料理(●●●)には川鐵(二十二番地)()は都壽司(十一番地)牛肉問屋(●●●●)は近江屋(三十二番地)菓子(●●)は風流軒(三十五番地)紅屋支店(二十九番)魚商(●●)はしづ岡(三十五番地)酒店(●●)は萬長(六番地)あり。飲食店の一斑を擧ふ此の如し。其の他呉服(●●)店には布袋屋(十一番地)美術袋物(●●●●)は坪屋(二十三番地)金物(●●)は林(十七番地)()は相馬屋(五番地)洋傘(●●)は車屋(二十七番地)銀行(●●)は尾張屋銀行支店(二十六番地)あり。若し又待合に御用あらば。吾妻屋(四十一番地)といへるがあり。何れも皆電話を有し居れぱ。御注文は隨意なり。もと二十六番地に凧一(●●)とて有名なる玩具屋ありしが、今はなし。」と書いてあります。凧市(たこいち)凧一(たこいち)と同じでしょう。凧一は交番に近く、尾張屋銀行と同一か似た場所にありました。

肴町 1912年、地籍台帳・地籍地図から

怏々 おうおう。心が満ち足りない。晴れ晴れしない。
 物事が進んで、最後に行きつくところ。限界。
一髪 ごくわずかのすき間。
迷惑 どうしてよいか迷うこと。とまどうこと。困ること。
M氏 立合医の医師です。少しのウィスキーで酔っぱらいました。

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