生|田山花袋

田山花袋

文学と神楽坂

「生」は明治41年(1908年)田山花袋氏が読売新聞に連載した自伝三部作のうちの第一部です。明治時代に母の介護と死が起こり、家族が再生していく経過が書かれています。さらに妻を描く『妻』、自分を描く『縁』が出版されました。「生」では神楽坂6丁目がでています。

 丁度其頃此家の主人は神樂坂の通を歩いて居た。紺羅紗の薄い夏の脊廣の三四年も着古したのを着て、パナマ帽の黄くなつたのを冠つて、紫の唐縮緬の風呂敷包を小脇に抱へて居る。風呂敷包の中には今夜校合しようと思ふ歴史編纂の書籍が入れられてあつた。俄に暑くなつた路に、シヤツもズボン下もびつしより汗になつて歩を運ぶのも大儀らしく、汚れた手巾を隠袋から出しては、帽子を取つてをりをり額の汗を拭いた。街には織るやうに通つて、書生が行く、女學生が行く、商人が行く、番臺擔つた魚賣が行く。氷屋の硝子の暖簾がきら/\と日に光る。角の交番には白い服を着た巡査が疲れ切つたといふ風をして立つて居た。
 の精神も全く憊れ果て倦み果てゝ居た。役所の仕事も、嘱託された歴史編纂も厭で厭で為方が無い。新しく貰った細君に對しても別に樂しいといふ感も起らない。馴染の女を鳥度念頭に浮べて見ても、それも何の反映をも起さすにすぐ消えて了ふ。不圖懐の財布に金が五十錢あることを思出した。丁度其前が靑木堂、果物や魚肉類の缶詰が山のやうに積まれてあるのが眼に入ったので、母親を喜ばせようと思つて、づか/”\と入つて行つての罐詰を一箇買った。
紺羅紗 こんらしゃ。紺色(#223a70)の羅紗らしゃ。羅紗とは紡毛を密に織って起毛させた厚地の毛織物。
脊廣 脊広。せびろ。背広。主として男性用の上着。
パナマ帽 パナマ草の若葉を細く裂いて編んだひもで作った夏帽子。

唐縮緬 とうちりめん。薄く柔らかい毛織物。メリンス。モスリン。
校合 きょうごう。2種以上の写本や刊本などを比べ合わせて、本文の異同を確かめたり誤りを正したりすること。
隠袋 かくし。ポケット
 人力車のこと。
織る  おる。はたで縦糸と横糸を組み合わせて布地を作る。わらなど細いものを組み合わせてむしろ、ござなどを作る。いろいろなものを組み合わせて作り上げる。
番臺 番台。ばんだい。銭湯などで、入り口に設けられた、入浴料を受け取ったり見張りをしたりするための高い台。ここでは背負うカゴのこと
擔つた  担ぐ。かつぐ。になう。
暖簾 のれん。商家で屋号・店名などをしるし、軒先や店の出入り口にかけておく布。
 「かれ」。三人称の人代名詞
鳥度 ちょっと。一寸。些少
青木堂 新宿区立教育委員会の『神楽坂界隈の変遷』「神楽坂界隈の風俗および町名地名考」(64頁)では「洋酒の青木堂」「洋酒と煙草の青木堂」と2店がありました。東京市区調査会「地籍台帳・地籍地図 東京」(大正元年)(地図資料編纂会の複製、柏書房、1989)では通寺町(現在は神楽坂)51番地で、朝日坂から北西に3番目の地域でした。現在、51番地はありません。

地籍台帳・地籍地図 東京

 ほ。商品を並べて売る所。店。
 あんず。果樹の名。アンズ。アプリコット。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください