夏目漱石と神楽坂

文学と神楽坂

『吾輩は猫である』

 元禄で思い出したからついでに喋舌しゃべってしまうが、
この子供の言葉ちがいをやる事はおびただしいもので、
折々人を馬鹿にしたような間違を云ってる。火事で
きのこが飛んで来たり、御茶おちゃ味噌みその女学校へ行った
り、恵比寿えびす台所だいどこと並べたり、或る時などは「わた
しゃ藁店わらだなの子じゃないわ」と云うから、よくよく聞
きただして見ると裏店うらだな藁店を混同していたりする。
主人はこんな間違を聞くたびに笑っているが、自分
が学校へ出て英語を教える時などは、これよりも滑
稽な誤謬ごびゅうを真面目になって、生徒に聞かせるのだろ
う。

『それから』

 大抵は伝通院前から電車へつて本郷迄買物かひものるんだが、
ひとに聞いて見ると、本郷の方は神楽坂かぐらざかくらべて、うしても
一割か二割ものたかいと云ふので、此間このあひだから一二度此方こつちの方へ
て見た。此前このまへはづであつたが、ついおそくなつたの
でいそいでかへつた。今日けふは其つもりはやうちた。が、御息おやすちうだ
つたので、又とほり迄行つて買物かひものましてかへけにる事に
した。ところが天気模様がわるくなつて、藁店わらだながりけるとぽつ
〳〵した。かさつてなかつたので、れまいと思つ
て、ついいそぎたものだから、すぐ身体からださわつて、いきくるし
くなつて困つた。――
「けれども、れつこになつてるんだから、おどろきやしません」
と云つて、代助を見てさみしいわらかたをした。
「心臓のほうは、まだ悉皆すつかりくないんですか」と代助は気の毒
さうなかほで尋ねた。

『坊っちゃん』

 学問は生来しょうらいどれもこれも好きでない。ことに語学とか文学とか云うものは真平まっぴらめんだ。新体詩などと来ては二十行あるうちで一行も分らない。どうせ嫌いなものなら何をやっても同じ事だと思ったが、幸い物理学校の前を通りかかったら生徒募集の広告が出ていたから、何も縁だと思って規則書をもらってすぐ入学の手続きをしてしまった。今考えるとこれも親譲りの無鉄砲からおこった失策だ。
 君りに行きませんかと赤シャツがおれに聞いた。赤シャツは気味のるいように優しい声を出す男である。まるで男だか女だかわかりゃしない。男なら男らしい声を出すもんだ。ことに大学卒業生じゃないか。物理学校でさえおれくらいな声が出るのに、文学士がこれじゃ見っともない。
 おれはそうですなあと少し進まない返事をしたら、君釣をした事がありますかと失敬な事を聞く。あんまりないが、子供の時、小梅こうめ釣堀つりぼりふなを三びき釣った事がある。それから神楽坂かぐらざか毘沙門びしゃもん縁日えんにちで八寸ばかりのこいを針で引っかけて、しめたと思ったら、ぽちゃりと落としてしまったがこれは今考えてもしいとったら、赤シャツはあごを前の方へき出してホホホホと笑った。何もそう気取って笑わなくっても、よさそうな者だ。「それじゃ、まだ釣りの味は分らんですな。お望みならちと伝授しましょう」とすこぶる得意である。だれがご伝授をうけるものか。

『野分』

百円をふところにしてへやのなかを二度三度廻る。気分もさわやかに胸も涼しい。たちまち思い切ったように帽を取って師走しわすいちに飛び出した。黄昏たそがれ神楽坂かぐらざかあがると、もう五時に近い。気の早い店では、はや瓦斯ガスを点じている。
 毘沙門びしゃもん提灯ちょうちんは年内に張りかえぬつもりか、色がめて暗いなかで揺れている。門前の屋台で職人が手拭てぬぐい半襷はんだすきにとって、しきりに寿司すしを握っている。露店の三馬さんまは光るほどに色が寒い。黒足袋くろたびを往来へ並べて、頬被ほおかぶりに懐手ふところでをしたのがある。あれでも足袋は売れるかしらん。今川焼は一銭に三つで婆さんの自製にかかる。六銭五厘の万年筆まんねんふでは安過ぎると思う。

『それから』

平岡がたら、すぐかへるからつて、すこたして置いて呉れ」と門野かどのに云ひいて表へた。強い日が正面から射竦ゐすくめる様な勢で、代助のかほつた。代助はあるきながらえずまゆうごかした。牛込見附を這入つて、飯田町をけて、九段坂下ざかしたて、昨日きのふつた古本屋ふるほんやて、昨日きのふ不要のほんを取りにて呉れとたのんで置いたが、少し都合があつて見合せる事にしたから、其積で」と断つた。帰りには、暑さが余りひどかつたので、電車で飯田橋へまはつて、それから揚場あげば筋違すぢかひ毘沙門前びしやもんまへた。
 うちの前には車が一台いちだいりてゐた。玄関にはくつが揃へてあつた。代助は門野かどのの注意を待たないで、平岡のてゐる事を悟つた。あせいて、着物きものあらての浴衣ゆかたに改めて、座敷へた。

『僕の昔』

落語はなしか。落語はすきで、よく牛込の肴町さかなまち和良店わらだなへ聞きにでかけたもんだ。僕はどちらかといえば子供の時分には講釈がすきで、東京中の講釈の寄席よせはたいてい聞きに回った。なにぶん兄らがそろって遊び好きだから、自然と僕も落語や講釈なんぞが好きになってしまったのだ。

文学と神楽坂

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