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神楽坂ぶらり散歩(1984年)

文学と神楽坂

 昭和59年(1984年)「東京みてあるき地図」(昭文社)のうち神楽坂です。昭和59年には、三浦和義のロス疑惑事件があり、アニメ映画「風の谷のナウシカ」が公開。国は新紙幣を発行して、1万円札が福澤諭吉、5千円札が新渡戸稲造、千円札が夏目漱石でした。

 神楽坂ぶらり散歩 

 国電飯田橋の神楽坂口を出ると、直線の坂が一本外堀通りをよぎってはるか彼方へとのびている。これが有名な神楽坂。坂下の右手にはカレーショップのボナ、あんみつのうまい紀の善がある。もう少し坂をのぽれば左手にうなぎの志満金、せんべいの福田家神楽家、右側にはパブのハッピージャック、純喫茶のクラウン、民芸陶器を売っている陶柿園などがつづく。ジョンブルは50種のコーヒーをお好みによって出す本格派で、2000円也のコーヒーもある。その上の酒亭万平はおでんやすき焼、荼めしなどがうまい。向いにはハンドバッグや財布を売っている助六なんていうシックな名の店もある。神楽坂はこのあたりが最高所で、あとは平坦だ。
 丸岡陶苑、水羊羹やくず桜のうまいしおをすぎると左手にようやく山手七福神の一つ毘沙門さまが見えてくる。本堂の下は毘沙門ホールで、ここで毎月五の日に毘沙門寄席がひらかれる。金馬いななく会だとか創作落語会などがあり、若手落語家がごきげんをうかがう。お堂に一礼してふと背後を見ればそこもまた毘沙門せんべいという店。その右わきの跡地に伊勢とうという通には知られた酒亭がある。繩ノレンをくぐると囲炉裏に自在カギから鉄瓶が下がっていて、すべてがシック調。石盤の跡地を先へ行くとよし川、幸本、和可菜といった料亭がつづく。粋な黒塀みこしの松とはこのことで、戦前の料亭街の面影をよく残している。
 毘沙門天よこの田原屋は明治の中頃からある菓物屋兼西洋料理の老舗で、島村抱月や夏目漱石、永井荷風ら多くの文人が訪れている。その前は嘉永5年(1852)創業という茶屋の大佐和、その先の神楽坂六丁目八の大〆は宮内庁御用の由緒ある店で、凝った大阪寿川を出す。洋風の落着いた店構えでクラシック音楽が流れてくるという異色篇。そしてこ。色だんごのうまい五十鈴、焼鳥の鮒忠、うなぎの大和田を過ぎると、神楽坂の色彩も次第にうすれていく。

1980年の住宅地図。

ボナ 紀の善 神楽坂一丁目です。ボナは現在は「カレーショップ ボナッ」
志満金 神楽坂二丁目です。
福田家 増田屋と書いてありますが、ほかの年度は福田家になっています。神楽坂二丁目。現在はおそらくボルタ神楽坂の1つになりました。
神楽家 ハッピージャック 神楽坂二丁目です。現在の神楽家はボルタ神楽坂に、ハッピージャックは第2カグラヒルズになりました。
 陶柿園 神楽坂二丁目です。以前は別々の家でしたが、その後、坂は陶柿園に吸収されます。
クラウン 店舗の位置は不明。
ジョンブル 万平 助六 丸岡陶苑 塩瀬 神楽坂三丁目です。ジョンブルは貝殻荘に、万平はクレール神楽坂に、塩瀬はドラッグストアスマイルになりました。
毘沙門寄席 神楽坂五丁目です。
毘沙門せんべい 福屋不動産と同じ場所です。神楽坂4丁目。
伊勢藤 神楽坂4丁目。
田原屋 神楽坂5丁目。現在は「玄品ふぐ神楽坂の関」。
大佐和 現在は楽山と名前が変わっています。神楽坂4丁目。
大〆 おおじめ。神楽坂6丁目。2017年7月に閉店。蕎麦の「かね田 宝庵」が開店。
五十鈴 鮒忠 大和田 神楽坂5丁目。大和田はなくなり、薬の「セイジョー」になりました。

1984年の住宅地図。

セイジョー

文学と神楽坂

セイジョーは薬の店舗で、現在は「ココカラファイン神楽坂店」です。

神楽坂アーカイブズチーム編「まちの思い出をたどって」第1集(2007年)にはセイジョーが出る前の話が出ています。なお、この会談の当時(昭和63年)は、「馬場さん」は万長酒店の専務で、「相川さん」は大正二年生まれの棟梁で、街の世話人でした。

馬場さん それでタカミさんの隣は?いまの「リード」*さんのところでしょう。*「リード」さんは今のドラックストアーのセイジョウの場所
相川さん あの人はね、「神楽坂煎餅」というお煎餅屋さん。
馬場さん ああ、戦争前は。
相川さん その隣は「松葉屋」っていう塩物屋(魚の塩漬け屋)さん。
馬場さん そこのところがあとで床屋になったでしょ。
相川さん 「ナトリ」ね。昭和五年に開業したんです。
馬場さん 昭和五年? そんなに早かったの。
相川さん 二、三年遅れているな。昭和七、八年だな。
馬場さん ナトリさんはモダンな床屋でしたよね。その当時までは、床屋さんってのは履物を脱いで、床でもってやっていたけど、ナトリさんは違うんだ。タイル張りなんですよ。僕も子ども時分を覚えていますよ。
相川さん ナトリさんの兄さんっていうのが、東京駅の地下だか上だか知らないけど、「ショウジ」っていう床屋さんをやっていてね。その人の肝煎りで、お嫁さんももたせるについて、あのうちを借りたんですよ。その持主は。白銀町に「くびきや」って米屋があるでしよ、その田原さんが建てたんです。だから結局、家賃です。
馬場さん 借地権は「くびきやさん」がもっていたの? 地所は?
相川さん 地所は天利さん。それで、「くびきやさん」の女中さんをしていたのを世話されて、ナトリさんのお嫁さんになった。
馬場さん ご隠居、ナトリさんで散髪したことある?
相川さん ありますよ。
馬場さん あそこは、洗髪するのにそこで椅子のまま、できるんですか?
相川さん そうだったかな。
馬場さん これがモダンだったってことなんですよ。当時は。洗い場へ行って頭を洗うのに、ナトリさんはその場所でもって頭が洗えるっていうんでね。なにしろモダンだったんだよ。
相川さん 十台ぐらい椅子がありましてね、タカミさん寄りにずーっと。奥深いお店でしたよ。
馬場さん それはリードさんといまの大和田さん*のあたり。* 大和田さんは「うなぎや」でリードさんと大和田さんは今のセイジョウのところ。
相川さん 大和田さんまでは行かないの。リードさんのところに、布袋屋さんの基礎がまだ夕カミさんのところに残っていますよ。このあたりは軒数は多いがそんなに。軒の間口は広くはないんだね。

タカミ タカミブティックです。

5丁目12など

 実際にはセイジョーは「リード」と「大和田」を2つまとめた大きな店舗です。
 
震災前 震災後 1930 1952 1955 1980 1996 現在
洋服・都築 菊岡三味線   菱屋 五十番
機山閣 十銭ストア 山岡書店 雑貨 明治牛乳 Fance タグドーナツ  買い取り
玩具店   三角堂 (不明)  関口商店
松菜屋塩物店・食品 ナトリ パチンコ 割烹・うなぎ大和田   セイジョー
神楽坂せんべい 岡沢菓子店 楽器 レコード リード  (西川)

1980と2010