新宿歴史博物館」タグアーカイブ

神楽坂1丁目(写真)平成2年 ID 95

文学と神楽坂

 新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 95は、平成2年(1990年)10月19日位に神楽坂1丁目を撮ったものです。電柱はまだあり、無電柱化はまだです。
 街灯は1970年代のものから更新されています。左右にバーが突き出し、道路側はバーの上、歩道側はバーの下に6角形のランタン型の灯りがついています。
 その下にも左右にアーム(この用語は日本照明工業会規格によっています。訳すと横木でしょうか)があります。これは催事の時に告知や飾りを下げるものです。以前の街灯では、ススキや笹のような形状の飾り(神楽坂3丁目(写真)昭和54年 ID 87)を斜めに差し込むパイプがあり、季節ごとに街を彩っていましたが、これはなくなりました。
 この写真では左右のアームに「毘沙門天 おえしき」「十月十四日」と書いた提灯がぶら下がっています。おえしきは御会式と書き、日蓮宗の各寺で、日蓮の忌日(10月13日)に営まれる、宗祖報恩の法会です。さらに下のアームの「神楽坂」は常設の金属製のものでした。
 商店街の名前を示す大きな標識ポールも一新されています。向かって右が「神楽坂」左が「かぐら坂」とあり、「美観街」はなくなりました。

1990年 住宅地図。

「軽い心」の跡には複合商業施設の「カグラヒルズ」が建ちました。カグラヒルズの竣工は1982年です。看板が出ている丸和証券は1970年代には通りの向かい側にあったので(神楽坂1丁目(写真)昭和54年 ID 85、ID 86)こちらに移転したのでしょう。

神楽坂3丁目(平成2年)
  1. 大久保
  2. 清水衣裳店
  1. 薬ヒグチ。ヘアケア。
  2. 紙 事務用品 文具 原稿用紙 山田紙店。CABIN たばこ。
  3. 地下鉄 飯田町駅
  4. 不二家。ペコちゃん。
  5. あんみつ 紀の善
  6. 床屋のサインポール
  7. 丸和証券。英会話(カグラヒルズ)

神楽坂1丁目(写真)昭和54年 ID 93

文学と神楽坂

 新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 93は、昭和54年(1979年)の北東部の神楽坂1丁目で、外堀通りに沿って撮ったものです。

新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 93 神楽坂入口近く外堀通り

1980年 住宅地図。

1978年 住宅地図。

神楽坂3丁目(昭和54年)
  1. 神楽坂飯店。味自慢、ラーメン。
  2. えぞ松。上に「ラーメン えぞ松。牛丼/餃子/え(ぞ松)」
    下に「手打餃子。ジャンボ 250円。土産 270円」
  3. カレーショップ インドール
  4. そばうどん(立ち食い店)
  5. バラエティスタンド飲食街 (2)階 (トウホウビル通り抜け)
  6. (TORI)NO(喫茶店)
  7. 雀處 の舎〇 [P]
  8. 人形の家(純喫茶)
  9. 東京トラベル
  10. 松(村薬局)
  11. (離れて)東海銀行
  1. 質 神楽坂交差点先100M 白銀町九 フクヤ 神楽坂3-5(地番表示は誤り)
  2. 電柱看板「阿部医院」

       




  1. 大郷材木店
  2. (離れて)五洋建設

       

神楽坂3丁目?(写真)昭和54年 ID 92

 新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 92は昭和54年(1979年)、神楽坂を撮ったものです。

新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 92 八百屋前

 ではなんでしょう。私はまったくわかりませんでした。トーンカーブを変えてみると「手つき餅 入荷」が沢山でてきます。コピーではなく、自書したものです。手つき餅とは機械ではなく手でついた餅。これは年末につくこともありますが、ID 94では昭和54年1月17日に撮ったと書いてあり、これも昭和54年1月でしょう。

「元の写真をよく見ると『神楽坂食品』がでてきます」と、地元の人。「現在は神楽坂フードセンターですが、山之内ビルとして竣工したのが1984年9月です。写真は旧店舗と思われます。ただし『バイクが停まっていただけ』かも知れませんけどね。(笑い)」

1980年 住宅地図。

 以上、私も神楽坂食品だと思いたい。

神楽坂6丁目?(写真)昭和54年 ID 91

文学と神楽坂

 新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 91は、昭和54年(1979年)、神楽坂を撮ったものです。細い注連縄を飾っているので正月のようです。ただチキータの場所は分かりません。

新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 91 スナックチキータ前

 インターネットを調べるとマッチ・コレクション/COFFEE & SNACK「チキータ」という情報がありました。神楽坂6-27とあり、確かに1978年の住宅地図にも掲載されています。

スナックチキータ。1978年。住宅地図。

 しかし写真の「チキータ」の前には歩道があり、右の標識のあるところは歩行者用道路のようです。そうなると地図とは一致しません。
 結局「チキータ」の場所は特定できないようです。

神楽坂6丁目(写真)昭和54年 ID 90

文学と神楽坂

 新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 90は、昭和54年(1979年)の神楽坂6丁目を撮ったものです。

新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 90 神楽坂途上付近より坂下方向

 これもすこしトーンカーブを変えてすこしは見られるようにします。

新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 90 神楽坂途上付近より坂下方向

 街灯は円盤形の大型蛍光灯ですが、神楽坂1~5丁目と違って、蛍光灯の下部に逆円錐型のランタンがあります。また「神楽坂 商栄会」の看板がついています。大久保通り西側の6丁目だけの商店会で、1~5丁目の神楽坂通り商店会とはライバル関係にあり、街灯も別々に整備しました。商栄会は昭和58年4月に、現在の「神楽坂商店街振興組合」に改組しました。
 この街灯とは別に、高い場所にナトリウム灯らしき別の街路灯があります。神楽坂1~5丁目の神楽坂通りが新宿区道なのに対し、6丁目の早稲田通りは都道です。恐らくは都が、商店会の街灯と別に整備したのでしょう。
 電柱の上には柱上変圧器があります。

2つの街灯

1980年。住宅地図。

神楽坂6丁目(昭和54年)
  1. 音楽之友社。階段の上に門松が飾ってあります。その前には12/21のものと思われるイベントの貼り紙があります。年末にしては街に活気がないので、やはり昭和54年1月でしょう。
  2. 道路標識。車両通行止め
  3. 道路標識。自転車及び歩行者専用
  1. おもちゃのテルイ。この時代、正月3カ日でも子ども相手に店を明けている玩具店も多かったといいます。
  2. (天行)社。冠婚 葵の 葬儀 花環
  3. かのこ美容室
  4. 電柱看板「土屋歯科」
  5. (協和銀の看板の下)ドライクリーニング(せいせん舎、朝日坂の角)
  6. (遠く)協和銀行

神楽坂3~4丁目(写真)昭和54年 ID 89

文学と神楽坂

 新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 89は、昭和54年(1979年)の神楽坂3~4丁目を撮ったものです。

新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 89 神楽坂途中より坂下方向

 これもすこしトーンカーブを変えてよく見えるようにします。

新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 89 神楽坂途中より坂下方向

 街灯は円盤形の大型蛍光灯で、電柱の上には柱上変圧器があります。また「神楽坂通り/美観街」の標識が横断歩道の左右に1本ずつ立っています。

1980年 住宅地図。

神楽坂3丁目(昭和54年)
  1. 1F 洋菓子 スゴオ 2F 手ごろな食通の店 3F 美容室 ラサール 麻雀(栄和ビル)
  2. (2軒置き)
  3. 五十番 中華料理
  4. 株式会社 ホワ・トレー(ディング) ホワ・デザイン企画室 (やや右下の看板)坂の上の(2階)(宮坂ビル)
  5. 清酒 酒● 鳥忠神楽坂店
  6. 神楽坂通り/美観街
  1. 質と小売 大久保
  2. 消火栓と消火栓広告「株式・ワリコー 丸和証券
  3. 神楽坂通り/美観街
  4. 看板「喫茶 PUB サン」「紳士洋品 サムライ堂」(サムライ堂ビル)

 この写真について地元の方は……

新宿歴史博物館の写真で、神楽坂4丁目付近は少ないですね。この写真の時代、まだ個人商店の多くは2階建てでした。他の記事にはない店を中心に思い出を書いてみます。

左端、「スゴオ洋菓子店」はケーキと喫茶の店です。古い店をビルにして、1階と中2階を自分で使っていました。しかし商売がうまくいかずにビルを手放し、店子として続けていた店も閉店。後に入った店も定着せず、再びビルが人手に渡った後で隣の「楽山」が買い取りました。「大佐和」時代からの店と、スゴオのビルを合わせて建て直したのが、現在の楽山ビルです。

五十番の向こうの「宮坂ビル」は、向かいの「宮坂金物店」がオーナーです。ぜいたくなことに1階を倉庫に使い、2階以上を貸していました。2階には「坂の上の2階」という個性的な名前の喫茶店がありました。このブログの記事「上り下りも世につれて…(昭和51年の読売新聞)」のイラストに出てきます。写真では「中国料理五十番」のテントの下に見えている三角屋根の下から2階に上がりました。

その隣、細々した商品が並んでいるのは「坂本ガラス店」です。本業は建物のガラス工事なのですが、人形ケースなどから派生して各種の装飾品を扱っていました。今はビルになって「金谷ホテルベーカリー」が入居しています。

さらに向こうの「鳥忠」は人気の居酒屋で、5丁目の「鮒忠」とよく比べられました。大きな違いは「鮒忠」がチェーン店だったのに対し、「鳥忠」はここにしかないオーナー店だったこと。にも関わらず「鳥忠神楽坂店」の看板を掲げていたのは、鮒忠を意識して、大きなチェーンなのだという印象を客に与えようとしていたのかも知れません。廃業後にビルを建て、セブン-イレブンになりました。

「神楽坂通り」の大きな標識の向こうは木村屋パン屋のビルです。まだ高い建物が少ないので、よく見えました。

右側の「サムライ堂」は戦前から続く名店ですが、この時期は自社ビルを建てて頑張っていました。今は閉店してワインバーに店を貸しています。

神楽坂3丁目(写真)昭和54年 ID 88

文学と神楽坂

 新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 88は、昭和54年(1979年)の神楽坂3丁目を坂上から坂下に向かって撮ったものです。街灯は円盤形の大型蛍光灯で、電柱の上には柱上変圧器があります。

新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 88 神楽坂途中より坂下方面

 道路のΟリングはカメラがいた所にはありませんが、3mほど坂下で、右の車の後ろまでは発見できます。

Oリングでは?

 千代田区の建物については私はわかりません。

神楽坂3丁目
  1. ジョンブル コーヒー専門店 コーヒー豆 コーヒー機器
  2. 4階建て(竹谷電気工事)
  3. 2階建て(ランジェリーシャンテ)
  4. マーサ美容室
  5. 横断歩道
  6. さわや(化粧品)
  7. 5階建て(神楽坂ビル)
  8. 寿し まきや
  9. 4階建て陶柿園)
  10. (坂とニューイトウは見えない)
  11. パチンコマリー
  12. 4階建て(桜 3F 軽い心 2F パブ ハッピージャック)
  1. COFFEE naga(saki)(五条ビル)
  2. (ヒデ)美容室
  3. パテック(ス)(山本薬局)
  4. 大久保(質)
  5. (離れて)志満金 5F 塔屋の看板

1980年 住宅地図。

神楽坂3丁目(写真)昭和54年 ID 87

文学と神楽坂

 新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 87は、昭和54年(1979年)の神楽坂3丁目の坂下から坂上に向かって撮ったものです。

新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 87 神楽坂途中より坂上方向

「あけましておめでとうごさいます」などがあるので、ID 74からID 92までは昭和54年1月5日でしょうか。ID 93と94は1月17日だと思う。街灯は円盤形の大型蛍光灯で、電柱の上には柱上変圧器があります。
 うーん、しかし、なかなかの写真です。もう少し見やすくしたいと思って、いろいろ試しましたが、うまくいきません。まあ下図でいいとするか。よく見ると道路のΟリングも初めてわかりました。

新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 87 神楽坂途中より坂上方向

神楽坂3丁目(昭和54年)
  1. 通学路
  2. 質と小売。大久保
  3. 夏目写真館。鍼灸治療|夏目鍼灸院←
  4. 西川 みゆき
  5. 消火栓標識と消火栓広告「神楽坂針灸院←」
  6. きらきら光る人工観葉植物(下図参照)
  7. とんかつ かつ一 2F(福田屋?)
  8. @ニッポ(ンハム)(肉屋のますだや)
  9. ヒデ(美容室)
  10. 言研。話し方教室。(割字で株式会社)旭図書。ともに五条ビル
  1. 看板「あけましておめでとうごさいます。本年もよろしくお願い申し上げます」。(おそらくパチンコマリー)
  2. NEW IT(ニューイトウ 靴)
  3. 坂(珈琲)
  4. 寿し。下の地図では「まきや」か「まさや」 十八?。奥の土地と一体になってマンション「ラインビルド神楽坂」に変更。竣工は1984年5月。
中央遠くに道路標識「横断歩道」

1977年の日本テレビ系列「気まぐれ本格派」第9話「ダサイ男の噺し」

1980年 住宅地図。

神楽坂1丁目(写真)昭和54年 ID 85、ID 86

文学と神楽坂

 新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 85とID 86は、昭和54年(1979年)の神楽坂1~2丁目を撮ったものです。
 街灯は円盤形の大型蛍光灯で、電柱の上には柱上変圧器があります。また「神楽坂通り/美観街」の標識が左右に1本ずつ立っています。地下鉄の駅(飯田橋駅)も出現しています。ID 85は坂下から、ID 86は坂上から「神楽坂通り/美観街」を見たものです。

新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 85 神楽坂途中より坂上方向

新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 86 神楽坂途中より坂下方向

神楽坂1~2丁目
  1. 「翁庵」のシャッターにおそらく「謹賀新年」の貼り紙。
  2. (そ)は「楚」のくずしかな、(ば)は漢文で主語を表す助詞「は」の「者」をくずし、濁点をつけたもの。
  1. 牛込見附交差点の飯田橋側に「調製中」の回転式標識(ID 86)
  2. 「カレーシ(ョップ) ボ(ナ)」の看板
  3. 白十字病院 皮膚泌尿科/婦人科/外科/内科
  4. 山田紙店 さくらカラー チェーン店 Canon NPコピーサービス 「文具 事務用品 原稿」
  5. 消火栓。消火栓広告「福屋 神楽坂 不動産」
  6. 地下鉄 飯田橋駅
神楽坂通り/美観街         神楽坂通り/美観街
(坂下の案内標識)
九段坂

飯田橋 <-|->市谷見附
  1. 「丸和証券」。上に「麻雀倶楽部 かぐら 4F」「SPC 美容室」
  2. 「あまなっと。五十鈴」と「川島歯科
  3. 小栗横丁
  4. (鰻 志満金)看板「ジロー 3F、4F、5F」
  5. 離れたところで「話し方教室」
  1. 不二家洋菓子
  2. 紀の善 あんみつ
  3. 看板「英会話 ウィンザー〇ム」
  4. 神楽小路
  5. Frère(兄弟) WADAYA メンズウェアー
神楽坂通りの一番 高いところから6丁目の「協和(銀行)」の看板

1980年 住宅地図。


地蔵坂(写真)藁店 昭和54年 ID 79、80、81、82

文学と神楽坂

 新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 79、80、81、82は、昭和54年(1979年)、地蔵坂(藁店わらだな)を撮ったものです。左側は神楽坂5丁目が主で、右側は袋町が主です(地図は下にあります)。自動車は対面通行でした。右側は駐車場に使っていて、歩道はどうも左側だけだったと思います。

新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 82 地蔵坂

新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 81 地蔵坂付近

地蔵坂(藁店)
  1. 中華料理 太一
  2. 「(コー)ヒーパブ (海)賊)」、自販機「コーヒー」、看板「かいぞく」
  3. 「理髪 モリワキ」。森脇トコヤは六角形が中で回る「理容看板」
  4. その隣の工事中は「石鐵ビル」。築年月は1979年3月。「石鐵」は小林石工店の屋号
  5. 電柱看板「斉藤医院
  1. 白菜やレモン箱などが一杯になったトラック「八百美喜」。「商品は箱積みのまま、列に並んだ客が『〇〇ちょうだい』『きょうは何が安い?』と声を掛けて出してもらう昔ながらの売り方。”安い八百屋”で通用する人気店だった」と地元の方。
  2. CAFE CHARLIE BROWN
  3. 1棟(すずらん荘)
  4. 電柱看板「理髪 モリワキ←」
  5. 松竹荘
  6. 1棟(割烹 佳)
  7. 旅館 竹兆
  8. 工事中(カワイビル)。菅沼、芳沼、原、丸山という盛り土の4軒のうち1軒(菅沼)でカワイビルができました。築年月は1979年3月。
  9. 傾斜地で盛り土に。この先を右に曲がったところがID 79と80。

新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 80 坂道

 ID 79とID 80の資料名は「住宅」と「坂道」だけです。しかし、ここは地蔵坂(藁店)を上がった場所なのです。歩道はここも左側だけです。ID 80の地面でオーリングはよく見えます。
 トーンカーブを行うと、塀がはっきり見えるようになります。こうやって浮かび上がった塀(板3枚とコンクリートが見えます)はID 79の塀とそっくりです。

新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 79 住宅

1978年。住宅地図。

 菅沼、芳沼、原、丸山という盛り土の4軒のうち1軒(菅沼)でカワイビルができました。

1990年。住宅地図。