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神楽坂5丁目(写真)標識ポール ID 3

文学と神楽坂

 新宿歴史博物館の「データベース 写真で見る新宿」でID 3を見ていきましょう。降雨があるけど、男性は半袖です。撮影の方向は、神楽坂5丁目から神楽坂上交差点に向いています。街灯は1本につき一つだけで、これは昭和36(1961)年以降です。車道は平坦で、凸凹もありませんが、歩道は痛んで、ぼろぼろです。

神楽坂上から早稲田方向。新宿歴史博物館 ID 3

 右側に瀬戸物の河合陶器店、上に山下漆器店が並んでいます。2店は平成29年(2017年)、道路の拡幅があり、なくなりました。6丁目の最短部、河合陶器店の向かい(右手)は、果物の「田中屋」。左側の上には協和銀行の看板があります。
 右手の上に標識ポール「神楽坂」が立っています。なにか「神楽坂」ではなさそうですが、表裏の二方向が必要なので、こうなっています。
「神楽坂」交差点では、昭和35年頃までには「神楽坂」がなくなっています(新宿歴史博物館 ID 5510)。つまり街灯の「鈴蘭灯」はあるけれども、標識ポールはなくなっています。

昭和35年頃。新宿歴史博物館 ID 5510

 以下は地元の方が発見したことですが、新宿歴史博物館 ID 7430(撮影は昭和45年11月14日)では、標識ポールはまだ残っている。写真の左側の矢印⍈が「神楽」を隠しているけれど、標識ポールがある。

s新宿歴史博物館 ID 7430 神楽坂 坂上風景 昭和45年11月14日

 地元の方の考えでは「坂下は信号が見えにくくなるので、向きを変えた。すると角家の前に突き出すことになる。『パチンコ・ニューパリー』を建てる工事の時に苦情が出て、早い時期に撤去された」といいます。
 では、元に戻って、ID 3はいつ撮ったのか? 電柱1本は 街灯1つで、これは昭和36(1961)年以降しかわからない。車道は平坦で、歩道はでこぼこが多い。ID 4やID 5の大きな穴が開いた車道はID3の平坦の車道の前に撮ったと思います。ID3はおそらくID 17と似た時間帯(昭和36年頃)か、さらに遅くなったときに撮ったのでしょう。

新宿歴史博物館 ID 17 神楽坂下から坂上方向 昭和37年頃