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野田宇太郎|文学散歩|牛込界隈④

 

 去り難い気持であったが、わたくしはそのまま崖沿いの道を西へ歩いた。するとすぐに若宮町の一角の若宮八幡宮の境内に入る。戦災後昔の面影を失い、境内は附近の児童の遊園地になっている。そこを横切って道路に出るとそのまま右へ辿ることにした。その先は(とら)の日(うま)の日縁日でも知られた神楽坂毘沙(びしや)門天(もんてん)の脇から神楽坂通りに出るからである。
 毘沙門天の境内は、折から桜の花の真盛りで、子供連れの女のお詣り姿も見える。しかし境内でどうやら戦前からの面彫を残しているのは、表通りに面したコンクリートの玉垣位である。玉垣には寄進者の名が刻まれて、そのまま貴重な街の記録となっているが、正面入口の玉垣を見ると「カフエー田原屋」の文字がある。カフエーという名は大正時代からの記録で、戦前の神楽坂をわたくしに思い出させた。(中略)
 高い石段のある筑土八幡宮はその左側の筑土神社並んでいたが、今は筑土神社は少し離れた西側の白銀町に移り、八幡宮だけがどうやら昔の面影をのこLている。面影と云ってもそれは正面の高い石段だけで、それを登った境内は大きな銀杏(いちょう)の根株と、その前の猿の絵を浮彫りした古碑や、鉄の用水鉢以外は、本堂も社務所も戦後の再建である。その東側には津久土町の厚生年金病院のビルが、八幡宮を威圧するように高く(そび)えている。
 久しぶりに筑土八幡宮の石段を登りながら、わたくしはこの八幡宮下の柿ノ木横丁にあった薙城(なぎしろ)という下宿屋に、尾崎紅葉文学塾を出て読売新聞に勤めることになった徳田秋聲が、明治三十二年(一八九九)二月からしばらく下宿したことなど思い出していた。しかし柿ノ木横丁という小路など、もう今では夢物語にすぎない。ようやく登り着いた境内の片側に小学唱歌の「金太郎」その他のいわゆる言文一致唱歌の作詞作曲家だった「田村虎藏先生をたゝえる碑」がある。花崗かこう岩の表には「まさかりかついできんたろう」の五線譜が刻まれ、またその下に「田村先生(一八七三~一九四三)は鳥取県に生れ東京音楽学校卒業後高師附属に奉職、言文一致の唱歌を創始し多くの名曲を残され、また東京市視学として日本の音楽教育にも貢献されました」と碑文がある。田村と筑土八幡のゆかりがわからないので、折から社務所から出て来た宮司らしい老人に(たず)ねると、田村虎蔵は晩年八幡宮の裏側高台に住んでいたから、有志によって四年前の昭和四十年に、この碑がここに建てられたのだとわかった。

寅の日 十二支の寅の日。12日ごとに巡ってくる吉日で、特に最も金運に縁がある日
午の日 十二支のうしにあたる日。
縁日 神仏との有縁の日のこと。神仏の縁のある日を選び、祭祀や供養を行う日。東京で縁日に夜店を出すようになったのは明治二十年以後で、ここ毘沙門天がはじまり。
玉垣 たまがき。皇居・神社の周囲に巡らした垣。垣が二重にあるときは外側のもの。
寄進者の名が刻まれて 現在はありません。昔はありました。写真は池田信氏の「1960年代の東京-路面電車が走る水の都の記憶」(毎日新聞社)から。玉垣には寄進者の名前が載っていました。昭和46年に今の本堂を建て、そこでなくなったのでしょう。   玉垣には寄進者の名前でしょうか、何かが載っていました。しかし、下の現在、左右の玉垣ではなにもなくなっています。写真では左の玉垣を示します。

カフエー田原屋 5丁目の田原屋(1階は果物屋、2階はレストラン)か、三丁目にあった「果物 田原屋」のどちかでしょう。
筑土神社 天慶3年(940年)、江戸の津久戸村(現在は千代田区大手町一丁目)に平将門の首を祀って塚を築いたことで「津久戸明神」として創建。元和2年(1616年)、江戸城の拡張工事があり、筑土八幡神社の隣接地に移転。場所は新宿区筑土八幡町。「築土明神」と呼ばれた。1945年、東京大空襲で全焼。翌年(昭和21年)、千代田区富士見へ移転。
白銀町に移り その事実はなさそうです。
厚生年金病院 新宿区津久戸町5−1にあります。現在は東京新宿メディカルセンターと改称。図で右側のビル。左は筑土八幡神社。
柿ノ木横丁 新宿歴史博物館の『新修 新宿区町名誌』「揚場町」(平成22年)では「(揚場町と)下宮比町との間を俗にかき横丁よこちょうといった。この横丁の外堀通りとの角に、明治時代まで柿の大樹があり、神木としてしめ繩が張ってあった。三代将軍家光が、この柿の木に赤く実る柿の美しいのを遠くからみて、賞賛したので有名になり、そのことから名付いたという」
薙城館 不明です。東京旅館組合本部編「東京旅館下宿名簿」(大正十一年)ではありません。
文学塾 詩星堂とか十千万堂塾と呼ばれました。
宮司 神社に仕え、祭祀、造営、庶務などをつかさどる者の長。
八幡宮の裏側高台 筑土八幡町31番地に田村虎蔵旧居跡があります。