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神楽坂をはさんで|都筑道夫①

文学と神楽坂

 都筑道夫氏は早川書房で「エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン」の編集長を勤め、昭和34年、作家生活に入りました、本格推理、ハードボイルド、ショート-ショートと活躍。平成13年には「推理作家の出来るまで」で日本推理作家協会賞賞。

 この文章は『色川武大 阿佐田哲也全集・13』の月報から取っています。

   神楽坂をはさんで
都筑道夫
 色川武大さんとは、深いつきあいはなかった。けれど、共有していることがあって、尊敬のまなざしで、遠くから眺めていた。共有していたのは、場所と時間の記憶である。
 東京の新宿区と文京区のさかい目、矢来の坂の上のほうで、色川さんは生れた。私は坂の下のほうで、生れた年もおなじだった。近くの神楽坂の夜店を歩き、はるばる浅草へ遊びにいって、成長してから、おなじように小説家になった。
 もの書きになったのは、私のほうが早く、はじめて顔をあわせたのは、ある推理小説雑誌の編集部でだった。こんど入った色川君、と編集長から紹介されたのだが、私の担当にはならなかったので、ほとんど話はしなかった。したがって、おなじ台地の上と下とで、育ったことは、知らずじまいだった。
 私は麻雀をしないから、阿佐田哲也の小説とは、縁がなかった。色川武大の小説がではじめて、雑誌に写真がのったときに、名前に聞きおぼえがあり、顔に見おぼえがあって、ひょっとすると、と思った。やがてパーティであって、やはり推理小説雑誌の編集者だった色川さんだ、と確認できた。
 印刷会社のひと部屋を借りた編集室で、はじめて顔をあわせてから、二十年はたっていたろう。作品を読んで、牛込矢来の生れらしい、とわかっていたから、そのことが話題になった。以来、色川さんの名前を見ると、江戸川橋から矢来、矢来から飯田橋へかけて、のぼりおりする坂の家なみが、目に浮かんでくる。大学通りの夜店、赤城神社の縁日、神楽坂の夜店、飯田橋をわたって、靖国神社例大祭の露店までが、ひとつひとつ思い出される。

色川さんは生れた 色川氏の誕生は矢来町です。
坂の下のほう 都筑道夫氏によると、誕生は小石川区関口水道町62番地(現在は文京区関口1丁目)でした。
生れた年 2人とも昭和4年(1929年)でした。
もの書きになった 都筑氏がもの書きになったのは昭和24年、色川氏は昭和30年でした。
ある推理小説雑誌の編集部 桃園書房の『小説倶楽部』誌の編集者でしょう
台地 豊島台地です。
阿佐田哲也 阿佐田氏は色川武大氏が麻雀を書くときのペンネーム。
江戸川橋、矢来、飯田橋、大学通り、赤城神社、神楽坂 地図を参照
靖国神社 1859(明治2)年、戊辰戦争による官軍側の死者を弔うため、明治政府が「東京招魂社しょうこんしゃ」を創建。1879年に「靖国神社」と改称
例大祭 その神社の、毎年定まった日に行う大祭。

 私は往時をなつかしんで、言葉による絵として、思い出を書こうとするだけだが、色川さんは過去の記憶、現在の観察のなかに、自分の生きかた、自分のであった人びとの生きかたを、考えようとしていた。逃げ腰にならずに、小説を書いている。だから、傍観者である私は、尊敬のまなざしを、遠くから投げていたのである。
 色川さんは、『怪しい来客簿』のなかの一篇、「名なしのごんべえ」で、神楽坂の夜店を書いている。昭和六年にでた『露店研究』という、横井弘三の著書を援用して、昭和ひとけたの神楽坂に、どんな夜店がならんでいたかを列挙し、自分のみた昭和十年代の店、ひとの記憶を書いている。
 もっと古い資料としては、尾崎紅葉が『紅白毒饅頭』という明治ニ十四年の作品に、毘沙門びしゃもんさまの縁日の露店を記録している。色川さんは利用していないが、参考のために、品物のいくつかを、解説つきで抄録しよう。
 太白飴、これは白い棒餡だと思う。文字焼、お好み焼の一種で、近年、もんじや、、、、という小児なまりの名で、復活した。椎実しいのみ、これは椎の実を炒ったものだろう。説明不要の丹波ほうずき海ほうずき智恵の智恵の板、これはタングラムで、いまは夜店の商品ではない。化物ばけもの蝋燭ろうそく、青い火がとろとろ燃えて、幽霊の影がうつる花火の一種で、神楽坂の夜店では、昭和十年代にも売っていた。現に私が買っている。玻璃がらすふで、これは森村誠一さんが愛用しているガラスペンにちがいない。私が見たのは、たいがい細いガラス棒とバーナーをつかって、実演販売していた。たけ甘露かんろ、砂糖を煮つめて、ゆるい寒天状に冷やしたものを、細い竹筒につめて、穴をあけて吸う。銀流し、銅製品につけて磨くと、銀のように見える液体だ。早継はやつぎ、割れた陶器をつける接着剤である。

http://plaza.rakuten.co.jp/michinokugashi/diary/201511060000/

太白飴 タイハクアメ。精製した純白の砂糖を練り固めて作った飴
文字焼 もじやき。熱した鉄板に油を引き、その上に溶かした小麦粉を杓子で落として焼いて食べる菓子。
椎実 椎の果実。形はどんぐり状で、食べられる。
丹波ほうずき 植物のほおづき。京都の丹波地方で古くから栽培されている品種。皮を口に含み、膨らませて音を出して遊ぶ。
海ほうずき うみほうづき。巻貝の卵嚢で同様の遊び方ができる。
智恵の環 いろいろな形の金属の輪を組み合わせ、解く玩具。
智恵の板 正方形の板を7つに切り、並べかえて色々な物の形にするパズル。
タングラム tangram。正方形の板を三角形や四角形など七つの図形に切り分け、さまざまな形を作って楽しむパズル。

http://file.sechin.blog.shinobi.jp/e9394230.jpeg

化物蝋燭 影絵の一種。紙を幽霊・化け物などの形に切り、二つを竹串に挟んで、その影をろうそくの灯で障子などに映すもの
硝子筆 ガラス製のペン
竹甘露 青竹に流し込んだ水羊羹。
銀流し 水銀に砥粉とのこを混ぜ、銅などにすりつけて銀色にしたもの
早継の粉 割れた陶器をつける接着剤
 

紅白毒饅頭|尾崎紅葉

文学と神楽坂

 明治24年、尾崎紅葉氏は読売新聞に『紅白毒饅頭』の連載を始めます。ここでは架空の玉蓮教会の縁日の様子ですが、毘沙門の縁日がもとになっていると言われています。昔の光景ですが、昔の名前で今の品物を売っていることも多いのでした。たとえば「竹甘露」は水羊羹と同じものでした。
 架空の玉蓮教会は実際は神道大成教に属する新宗教の蓮門(れんもん)教だといわれています。コレラや伝染病が毎年のように流行するなか、驚異的に発展し、明治23年、信徒数は公称90万人。翌年尾崎紅葉の「紅白毒饅頭」などの批判を受け、大成教は教祖の資格を剥奪し活動を制限。30年以降、教団は分裂し消滅しました。

今日(けふ)月毎(つきなみ)祭日(さいじつ)とかや。玉蓮(ぎよくれん)教会(けうくわい)(もん)左右(さいう)には、主待客待(しゆまちきやくまち)腕車(くるま)整々(せいせい)(ながえ)(なら)べ、信心(しんじん)老若男女(らうにやくなんによ)(たもと)(つら)ねて絡繹(しきりに)参詣(さんけい)す。
往来(おうらい)両側(りやうかは)(いち)()床廛(とこみせ)色々品々(いろいろしなじな)、われらよりは子供衆(こどもしゆ)御存(ごぞん)じ、太白飴(たいはくあめ)煎豆(いりまめ)かるめら文字焼(もんじやき)椎実(しゐのみ)炙栗(いりぐり)(かき)蜜柑(みかん)丹波(たんば)鬼灯(ほゝづき)海鬼灯(うみほゝづき)智恵(ちゑ)()智恵(ちゑ)(いた)化物(ばけもの)蝋燭(らふそく)酒中花(しゆちうくわ)福袋(ふくぶくろ)硝子筆(がらすふで)紙製(かみの)女郎人形(あねさま)おツペけ人形(にんぎやう)薄荷油(はくかゆ)薄荷糖(はくかたう)皮肉桂(かはにくけい)竹甘露(たけかんろ)干杏子(ほしあんず)今川焼(いまがはやき)まるまる(やき)煮染(にこみ)田楽(でんがく)浪華鮨(なにはずし)大見切(おほみきり)半直段(はんねだん)蟇囗(がまぐち)洋紙製小函(やうしのこばこ)、おためし五(りん)蜜柑湯(みかんたう)(くし)(かんざし)飾髪具(あたまかけ)楊枝(やうじ)歯磨(はみがき)(はし)箸函(はしばこ)老女(ばば)常磐津(ときはづ)盲人(めくら)(こと)玩具(おもちや)絵双紙(ゑざうし)銀流(ぎんなが)早継粉(はやつぎのこ)手品(てじな)種本(たねほん)見世物小屋(みせものごや)女軽業力持(をんなかるわざちからもち)切支丹(きりしたん)首切(くびきり)猿芝居(さるしばゐ)覗機関(のぞきからくり)手無(てな)(をんな)日光山(につくわうざん)雷獣(らいじう)大坂(おほさか)仁和賀(にわか)天狗(てんぐ)(ほね)(かしま)しく()()(はや)(たて)て、大道(だいだう)雑閙(にぎわい)此神(このかみ)繁昌(はんじやく)()るべし。
[現代語訳] 今日は毎月の祭日だという。玉蓮教会の門の左右には、主人や客を待つ人力車がでており、整然と把手をならべている。信心の老若男女は袂をつらねて頻繁に参詣する。
道路の両側にある屋台はにぎわい、いろいろな品々をならべている。私たちよりも子供のほうがよく知っているが、太白飴、煎豆、カルメラ、もんじゃ焼き、椎の実、甘栗、柿、みかん、ほおづき、海ほおづき、知恵の輪、智恵の板、化物蝋燭、水中花、福袋、ガラス製ペン、紙製の女郎人形、オッペケ人形、ハッカ油、ハッカ入り砂糖菓子、シナモン、水羊羹、ほしあんず、今川焼、お好み焼き、にこんだ田楽、大阪寿司、値段半分のがまぐち、洋紙製の小函、おためし五厘の蜜柑風呂。櫛、かんざし、髪飾り、楊枝、はみがき、箸、箸函、婆さんの常磐津、盲人の琴、玩具、絵入りの小説、水銀塗り、接着剤、手品の種本。見世物小屋で見るのは、女軽業、力持ち、切支丹の晒し首、猿芝居、のぞきからくり、手無し女、日光山の妖怪、大坂の寸劇、天狗の骨。かしましく呼び立てて、はやしたて、大通りのにぎわいを見ると、この神の活況を知ってもいいと思える。

腕車 わんしゃ。人力車。客を乗せて車夫が引く二輪車。
 ながえ。馬車・牛車などの前方に長く突き出ている2本の棒。
絡繹 本来は「らくえき」で人馬などが次々に続いて絶えない様子。
市をなす 人が多く集まる。にぎわう。
床廛 とこみせ。床店。廛は店と同じ。商品を並べるだけの寝泊まりしない簡単な店。移動できる小さな店。屋台
太白飴 タイハクアメ。精製した純白の砂糖を練り固めて作った飴。

http://plaza.rakuten.co.jp/michinokugashi/diary/201511060000/ 太白飴

煎豆 豆・米・あられなどを炒って砂糖をまぶした菓子
かるめら 赤砂糖と水を煮立て重曹を加えてかきまぜ、膨らませた軽石状の菓子
文字焼 もじやき。熱した鉄板に油を引き、その上に溶かした小麦粉を杓子で落として焼いて食べる菓子。
椎実 椎の果実。形はどんぐり状で、食べられる。
炙栗 熱した小石の中に入れ加熱した栗。甘栗に近い。
丹波鬼灯 植物のほおづき。京都の丹波地方で古くから栽培されている品種。皮を口に含み、膨らませて音を出して遊ぶ。植物のほおづき 植物ほおづき 海鬼灯 うみほうづき。巻貝の卵嚢で同様の遊び方ができる。
海ほおづき
智恵の板 正方形の板を7つに切り、並べかえて色々な物の形にするパズル。e9394230 http://file.sechin.blog.shinobi.jp/e9394230.jpeg

化物蝋燭 影絵の一種。紙を幽霊・化け物などの形に切り、二つを竹串に挟んで、その影をろうそくの灯で障子などに映すもの

化物蝋燭 http://o-bakemono.tumblr.com/post/72387607092/yajifun-geikai-yoha-matsudaira-naritami–藝海餘波。

酒中花 ヤマブキの茎の髄などで、花・鳥などの小さな形を作り、杯や杯洗などに浮かべると、開くようにしたもの
硝子筆 ガラス製のペン
女郎人形 女郎は本来は「じょうろ」と読み、遊女、おいらん。あるいは単なる女性のこと。女性の形をした人形でしょうか。<a
おツペけ人形 明治20年代、川上音二郎氏はオッペケペー節を書生芝居の幕間に歌いました。自由民権運動の歌で、格好は鉢巻、陣羽織、軍扇でした。同じ格好をした人形でしょうか。
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薄荷油 ハッカ油。主成分はメントール。薬用,香料などに広く使う
薄荷糖 ハッカの香味を加えた砂糖菓子
皮肉桂 ニッキ(ニッケイ、シナモンなど)の樹皮を乾燥したもの。独特の香りと辛味がある。
竹甘露 青竹に流し込んだ水羊羹。竹甘露
干杏子 ほしあんず。程よい酸味と甘さがある干した果実
今川焼 小麦粉を主体とした生地に餡を入れて焼き型で焼成した和菓子。
まるまる焼 ミニお好み焼き。鉄板にリング状の型を置き、生地を流し込み、魚肉ソーセージが入ってる

http://ameblo.jp/hagurotetsu/entry-10922158071.html まるまる焼http://ameblo.jp/hagurotetsu/entry-10922158071.html

田楽 豆腐、サトイモ、こんにゃくなどに串をさし、調理味噌、木の芽などをつけて焼いた料理。
浪華鮨 なにわずし。おおさかずし。大阪を中心に関西で作られるすしの総称。押しずし・太巻きずし・蒸しずしなどがある。
蜜柑湯 温州みかんの皮を入浴剤として使用する風呂。
老女の常磐津、盲人の琴 常磐津は三味線音楽の流派。三味線を奏でる老女もいたし、琴を奏でる盲人もいたのでしょう。
絵双紙 江戸時代に作った女性や子供向きの絵入りの小説。
銀流し 水銀に砥粉(とのこ)を混ぜ、銅などにすりつけて銀色にしたもの
早継粉 都筑道夫氏の「神楽坂をはさんで」によれば、割れた陶器をつける接着剤のこと。
切支丹の首切 晒し首があるといって見せたのでしょうか。もちろん嘘の晒し首ですが
覗機関 のぞき穴のある箱で風景や絵などが何枚も仕掛けられていて、 口上(こうじょう)(説明)の人の話に合わせて、立体的で写実的な絵が入れ替わる見世物
%e3%81%ae%e3%81%9e%e3%81%8d%e3%81%8b%e3%82%89%e3%81%8f%e3%82%8a雷獣 日本の妖怪。雷とともに天から降りてくきて、落雷のあとに爪跡を残す、想像の動物。
仁和賀 素人が宴席や街頭で即興に演じたこっけいな寸劇
天狗の骨 たぶん動物の骨。谷崎潤一郎氏の随筆「天狗の骨」はイルカだったらしい