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お座敷遊び|石野伸子

文学と神楽坂

 石野伸子氏が書いた「女50歳からの東京ぐらし」(産経新聞出版、2008年)の「お座敷遊び」(2005年秋)です。神楽坂で「芸者衆とお座敷遊び」を行った経過を書いています。筆者は1951年生まれなので、この時は54歳ぐらい。
 芸者さえいれば、どこでも同一か類似の座敷遊びをやっているんだ。なお、東京神楽坂組合にはいっている料亭は、現在は、うを徳、千月、牧、幸本の4軒だけですが、芸者がでる料亭は割烹加賀などにもあります。

 ハリウッドが鳴り物入りで「SAYURI」を作ったように、芸者という存在はどこか人の心をかき立てるものがある。あでやかで、神秘的で、あやしくて、物悲しい。残念ながら映画は、そんな陰影と無関係にあまりにストレートな美しさしかありませんでしたが。
 そんなわけで、「神楽坂の料亭で芸者衆とお座敷遊び」というイベントに参加しませんか、という案内をいただいて、二つ返事で飛びついた。声をかけてくれたのは、以前、ご紹介したグループタウンウォッチングの会の代表・前田波留代さん(58)。神楽坂は町歩きの会でも人気の場所だが、界隈かいわいの神髄はお座敷遊び。料亭「うを徳」の協力を得て、昼間の一席を企画したという。「うを徳は明治の文豪・泉鏡花の小説にも登場する老舗です。お江戸の土産話にいかが」。土産話にしては少々高くつくが、これも体験。芸者新道と呼ばれる石畳の路地を抜け、胸おどらせて黒板塀をくぐった。参加者は約20人。ほとんど中高年女性。大変な人気で、急遽きゅうきょ追加のお座敷を用意したという。
それこのあたり、四季の眺望は築土の雪、赤城の花、若宮の月、目白、神楽坂から見附晴嵐。縁日歩きのすそ模様(中略)魚よし、酒よし、あん梅よし」
 名調子の文章は、初代と親交の厚かった鏡花が開店のお披露目に書いたもの。歴史ある神楽坂だが厳しいご時勢に料亭の数も減っていまや10軒、芸者さんも35人ほど。ただ最近は芸の世界にあこがれてOLから転身する女性もありうれしい傾向です、といった女将のあいさつのあと、いよいよお待ちかね、芸者衆の登場だ。
 若手とややベテランの芸者さんに、三味線をかかえたおねえさん。三人の登場で座が一気に華やかになる。金びょうぶを背に長唄三番そうなどをひと舞。金比羅ふねふねやら、じゃんけんやらで、にぎやかなお座敷遊びが続く。女だてらの疑似体験、少々こそばゆいところを、お姐さん方は慣れたもの。着物の話など女性向きの話題で盛り上げる。
 お白粉しろいのにおい、きぬ擦れの音、三味の音色。伝統を身につけたきれいどころがどこまでも客をたててくれる。これを自分のものとできる醍醐だいごは格別のものだろう。
 外に出ると、春の日差しがまぶしかった。

SAYURI 2005年、米国映画。原作は1997年の米国人作家のA・ゴールデンの小説『さゆり』。第二次世界大戦前後で京都で活躍した芸者の話
お座敷遊び 芸者や芸妓を相手に、酒を飲み余興を行うこと。
二つ返事 「はいはい」とためらわず、快く承知すること
高くつく 2020年の神楽坂では、おそらく1人3万円ぐらい
石畳の路地 現在の芸者新道は白黒タイルで舗装した道路です。1990年代、芸者新道の石畳の取り替えがあり、当局に石畳を再び使えないかと聞いたところ、ダメといわれ、現在の白黒タイルになったといいます。
黒板塀 くろいたべい。黒く塗った、板づくりの塀。黒渋塗りの板塀。
それこのあたり この全文はここにあります
築土 赤城 若宮 目白 見附 揚場 全て周辺地域の名前です。見附(みつけ)は、ここでは牛込見附のこと。

 目白下新長谷寺(旧目白不動)の鐘は、江戸時代に時刻を知らせる「時の鐘」の1つでした。
晴嵐 晴れた日に山にかかるかすみ。晴れた日に吹く山風
裾模様 着物の上半分を地染めした無地のままに残し、裾回りにだけ模様を置いたもの。衣装全体に模様を施すより手間が省ける。
あん梅 塩梅。あんばい。飲食物の調味に使う塩と梅酢。食物の味かげん。
芸者さんも35人ほど 現在はおそらく10数人でしょうか
金びょうぶ 金屏風。地紙全体に金箔きんぱくをおいた屏風。
長唄 三味線音楽。歌舞伎舞踊の伴奏音楽として誕生
三番叟 能の「おきな」で、千歳せんざい、翁に次いで3番目の狂言方が演じる老人の舞。
金比羅ふねふね 日本の古い民謡。舞妓や芸妓と行うお座敷遊びの曲。「金毘羅こんぴら船々ふねふね 追風おいてに帆かけてシュラシュシュシュ」と歌う。
じゃんけん グー、チョキ、パーの手の形で勝敗を決める。じゃんけん「とらとら」では、青年・和籐内わとうないの鉄砲は虎に勝ち、虎は老母に勝ち、老婆は息子の和藤内に勝つ。歌詞は「千里走るよなやぶの中を 皆さん覗いてごろうじませ 金の鉢巻きタスキ 和藤内がえんやらやと 捕らえしけだものは とらとーら とーらとら」
女だてら 女に似つかわしくないという非難を込めて、女らしくもなく
きぬ擦 きぬずれ。衣擦。衣摺。着ている衣服のすそなどがすれあうこと
三味 「三味線」の略。
きれいどころ 綺麗所。花柳界の芸者をさす語。または着飾った美しい女性。
醍醐味 物事の本当のおもしろさ。深い味わい。