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東京を歌へる③|小林鶯里

文学と神楽坂

 今度は「東京を歌へる」(牛込編)③俳句です。

   牛   込
    牛込見附にて
 葉柳の風一陣や砂の渦         耕   石

   神  樂  坂
 神樂坂淸水流るるかな        紅   葉
 早稻田涙の忘年會や神樂坂       子   規
 露凉し植木屋並ぶ坂の下        耕   石
 夕凉し爪先上り神樂坂         鶯   里

   築土八幡津久戸明神
 茂り濃し地主地借りの二柱       耕   石
 この内に鳴け時鳥矢来町        紅   葉

   穴  八  幡
 寒き日を穴八幡に上りけり       子   規
 薄暗き穴八幡の寒さかな        子   規
 花淋しひる只中の鳩の聲         永   機

   若  松  町
 若松町老松町や松の花         風 蕩 之

   早  稻  田
 鳴子鳴らぬ早稻田となりぬ今年米    三   允

[現代語訳]
夏の柳の風が激しく吹いて、砂の渦になった
神楽坂では清水が流れている。全く詩の世界だ。
早稲田は涙の忘年会で、あったのは神楽坂。
つゆは凉しく、神楽坂下で植木屋は沢山並ぶ。
夕方は凉しい。少しずつ登りになった神楽坂。
  築土八幡と津久戸明神
草木は鬱蒼として、地主の土地を借りるために神は二柱。
矢来町の内で鳴け、ホトトギス。
寒い日を穴八幡に上がっていった。
薄暗い穴八幡はなんと寒いことか。
花は淋しい。昼の真ん中に鳩の声
若松町と老松町に松の花。
鳴子が鳴らない早稲田になった。その新米がここに。

耕石 不明。中西耕石だとすると幕末・明治の南画家。
葉柳 はやなぎ。緑の色を増した夏の柳のこと。
一陣 風や雨がひとしきり激しく吹いたり降ったりする
 ふ。詩や歌。詩歌を作る。みつぎもの。租税。年貢。わりあて。与える。さずける。天からさずかる。うまれつき。漢文の文体の一つ。
爪先上り つまさきあがり。少しずつ登りになっていること。
鶯里 梅阪鶯里だとすると大正・昭和時代の写真家。
築土八幡 筑土八幡神社。新宿区筑土八幡町にある神社
津久戸明神 元和2年(1616年)、筑土八幡神社の隣接地(新宿区筑土八幡町)へ移転、「築土明神」と呼ばれ、1945年、東京大空襲で全焼。1954年、九段中坂の途中にある世継稲荷境内地へ移転。
茂り 草木がたくさん育って、葉や枝が集まっている
濃し 密度が高い
地借り 家屋を建築するため土地を借りること。
 助数詞。神仏、高貴な人、遺骨などを数えるのに用いる。「二柱の神」
穴八幡 穴八幡宮。新宿区西早稲田二丁目の市街地に鎮座している神社
只中 ただなか。まんなか。真っ最中。
永機 えいき。永機。幕末・明治前半の俳人
若松町 新宿区のほぼ中央部の町名。
老松町 かつて小石川区(現、文京区)高田老松おいまつ町があった。現在は目白台一~三丁目に編入。
風蕩之 不明
鳴子 穀物を野鳥の食害から守るため、鳥を追い払う目的で使われてきた道具。
今年米 ことしごめ。今年の秋とれたばかりの米。新米。ことしまい
三允 さんいん。中野三允。明治・昭和期の俳人

東京を歌へる②|小林鶯里

文学と神楽坂

『東京を歌へる』(牛込区)短歌の部②です。

橘  宗利
市 ヶ 谷 見 附
ふかぶか夕かげしづむ高臺泰山木のおもおもしき
満員の電車をおりてわが往くや外濠のには草のたけながき
濠のの薄氣味わろき靑みどろ五月雨さみだれはまだあがらぬならむ
山の手は夕刊はやし皈り來て服をも換へずまづひろげ見る
裏の家にとひどりなけり地をゆりて刑務所のかたへ自動車過ぎつ
[現代語訳]
深く夕方の日光が沈む時に高台の高山の木はいかにも重たそうな桜の花。
満員の電車から降りて、私が行く外堀の中州では、草の丈は長い。
濠の表面にある薄気味わるい青みどろ。梅雨はまだあがらないのだろう。
山の手の夕刊は早い。帰ってきて服も換えずに、まず夕刊を拡げて見る。
夕闇が始まる時に、裏の家の鶏は鳴いた。鶏は地面を揺らし、自動車を通り過ぎ、刑務所の方面に行った。

橘宗利 たちばなむねとし。歌人。東京府立三中、開成高校教諭を歴任。大正6年「珊瑚礁」を創刊。「あさひこ」に参加。生年は明治25(1892)年3月3日。没年は昭和34(1959)年7月30日。享年は満67歳。
ふかぶか 深くゆったりと。非常に深い
夕かげ 夕陰。夕影。夕方の日光。日暮れの微光。
高臺 高台。たかだい。周囲の土地よりも高く、頂上が平らになった所
泰山 たいざん。高い山。大山。中国山東省の名山。
おもおもしき 重重しい。いかにも重そうだ。
 平安時代以降は花は桜でした。おそらくここでも桜でしょう。
 川・湖・海の底に土砂がたまって高くなり水面上に現れた島。す。なかす。
 「も」では「おもて、表面」の意味
青みどろ アオミドロ。接合藻類ホシミドロ科の淡水産の藻類。日本に見られる種類は約79種
五月雨 陰暦5月ごろに降りつづく長雨。梅雨。
ならむ …だろう。…なのだろう。
皈る 「帰る」の俗字。
 夜。日が落ちてくらくなった時。
ゆりて ゆらす。揺らす。ゆり動かす。ゆれるようにする。

矢   來   町
金  子  薫  園

括草て見やれはわがある矢來の町は入日のもとに

早 稻 田 田 圃
古  泉  赤  彦

まつさを石龍苪たがらしの莖の太莖ふとぐさ消えたち揃ふさびしき

海  上  胤  平

     早稻田の里わをそぞろあるきして
八束穗の足穗なびきてかりしほの早稻田の里の秋ぞゆたけき

法  月  歌  客

早稻田田圃茗荷畠のをなみ大學町となりて久しき


[現代語訳]
雑草を敷き、見ると、わが家の矢来町は夕日のもとに。
真緑のタガラシの茎は太茎のため消えていく。このそろった幼い茎が落ちていくのはさびしい。
早稲田で人里のある周辺を散歩して
実った稲の穗はなびき、仮建物ばかりの早稲田の秋こそが、ゆったりできる。
早稲田の田んぼの茗荷畑は今は影も形もなく、大学町となってから久しい。

金子薫園 かねこくんえん。歌人。和歌の革新運動に参加。明星派に対抗して白菊会を結成。近代都市風景を好んで歌った。生年は明治9年11月30日、没年は昭和26年3月30日。享年は満75歳。
括草 不明。「括」は「カツ、くくる、くびれる」で「入り口を締めくくる」「前後から中のものを囲む」「ばらばらのものを一つにまとめる。ひとまとまりにする」など。「活」は「勢いがよい。いきいきとしている」。増えた雑草のこと?
藉す 敷き物にする。
入日 いりひ。入り日。西に沈もうとする夕日。落日。
古泉赤彦 不明
早稲田田圃 この写真は早稲田の田圃と東京専門学校(のちの早稲田大学)の校舎です。
早稲田の田圃
まつさを まっさお。真っ青。全く青い。青ざめる。
石龍苪 たがらし。田芥。キンポウゲ科の越年草。田や湿地に見られる(図)。

 動作作用の起点。…から。比較の基準。…に比べて。…より。動作の手段方法。…によって。…で
たつ 「たつ」には沢山の意味がある。一部をあげると、縦になる、起き上がる、空中に上がる、飛び上がる、明らかになる、盛んに気泡が生じる、たかぶる。動詞の連用形のあとに付いて複合語をつくり、その状態が盛んであることやにわかであることを表す。
揃う そろう。二つ以上のものの、形や大きさなどが同じになる。整然と並ぶ。全体が一つにまとまる。調和する。必要なものが全部ととのう。
 ち。わかい。まだ十分成長していない。
 物がおちる。草木の葉がおちる。重力にまかせて下にゆく。低くなる。衰える。力を失う。
海上胤平 うながみたねひら。歌人。民間歌人として評論を発表。五七調正格説などを主張。出生は文政12年12月30日。没年は大正5年3月29日。享年は満88歳。
里わ 里曲。人里のあるあたり。
八束穂 やつかほ。よく実った長い稲。
しほ しほ。支保。弱い立場にある人を支え保護する。トンネル工事などで、落盤・落石などを防ぐため、天井や坑壁を支持する構造物。「かりしほ」は「仮支保」か?
ゆたけき 豊けし。ゆったりしている。広々としている。
茗荷 ミョウガ。多年草で食用(図)。

法月歌客 歌人。著作は「恋愛の音楽家」「女詩人サッフオ」「砂丘:歌集」など。他は不明。
をなみ 「Aを+形容詞語幹+み」は、「AがBなので」。「影がないので」