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ジャバ海クルーズ

文学と神楽坂

ジャワ海をクルーズ
ジャワ海には魅力的な地質学的な物語があります。ジャワ海はスンダ大陸棚の一部で、スンダ大陸棚は東南アジアの海岸沿いの浅い海底のことです。この海底は比較的平坦で、複数の海底凹地は周囲の島々から流れ込む川の河口までたどることもできます。この浅い海が、かつては乾燥した土地であり、広大な平原があり、動物が歩き回り、花崗岩の丘が点在していたのです。やがて今日目にする何千ものインドネシアの島々を作っていきます。ジャワ海の東端にはウォレス線があります。この境界線は、1859年に英国の博物学者アルフレッド・ラッセル・ウォレスが観察し、東南アジアとオーストラリアの動物相の境界を定め、海水が上昇する前におそらく確立していたのです。

 朝食はThe Restaurantで8時半から9時20分、ラムとワッフルを頼み、このワッフルもやはり多すぎました。朝のメニューは夜と違って、普通のメニューです。ただし、ステーキとラムチョップだけを除きます。
 9時半から10時は、7階のMamsen’sでラテ。


 11時45分〜55分、日影が消えました。ちょうど太陽が真上に来たから。南半球から北半球に行くところで消えました。

 Viking Dailyでは……

The Day With No Shadow
At approximately 11:50 AM today, at the position of the Viking Orion, the Sun will be directly overhead. Stand on a sunny deck and look down – you will not be able to see your shadow! (Weather permitting)
影のない日
今日、およそ午前11時50分頃、バイキング・オリオンでは太陽が真上に来ます。日当たりの良いデッキに立って下を向いてみてください。自分の影は見えません(天気が良ければ)。

 関係ないけれど、バイキングです。 12時から35分、7階のWorld Cafeで。
 2時半〜3時15分、レクチャー「Take me to your Leader(リーダーに合わせて欲しい)」。50代の天文学の女性専門家が宇宙の生命や望遠鏡の話をします。
 4時から5時10分、レクチャー「Why so many volcanoes in Indonesia(インドネシアではなぜこんなに火山が多いのか)」。インドネシアでは活火山は約150。ちなみに日本は約108(定義からして違う)。
 6時〜7時15分、The Restaurantで夕食。
 9時15分〜10時25分、「Rock Journey」ロシアの女性バイオリニストPolinaがRock n Rollを聴かせます。
 10時30分、就眠。

ジャバ島 ボロブドゥール遺跡

文学と神楽坂



スマラン、ジャワ、インドネシア
ジャワ島はヒンズー教と仏教の皇帝たちの中心地であり、また17世紀から18世紀にかけてオランダ東インド会社の重要な貿易の中心地でした。ここはインドネシアの歴史と文化の宝庫です。賑やかなスマラン港はオランダ人が設立し、島の植民地時代の過去が街並みに点在しています。街の外では、世界最大の仏教遺跡のボロブドゥール遺跡は、4つの火山を背景にドラマチックなポーズをとっています。巡礼者に人気の場所であり、ユネスコの世界遺産に登録されている巨大なピラミッド型の寺院は、高くそびえ立っています。敬虔な人々は時計回りに頂上に向かい、出会うのはレリーフ2,672体と仏像504体です。

 5時、起床。6時にモーニングサービスの予定だが、10分経っても朝食は来ない。妻がサービスを注文した時に朝の時刻を忘れたという。慌てて、1階に行き、コーヒーなどを注文し、6時40分、下船。港で5人程が伝統的な踊りを見せていた。


 7時バスに乗り、7時15分、出発。高速道路から見ると、バリ島と違って、ジャバ島では高層住宅やマンションが目立ち、モスクを除けば、普通の都市のよう。途中で連峰の火山が南に見える。 休憩は8時55分〜9時30分。 10時30分、到着。
 ボロブドゥール遺跡は石造仏教遺跡。780年頃から建造が開始、792年頃に完成、832年頃、増築。おそらく火山で埋まり、1814年、イギリス人のトーマス・ラッフルズとオランダ人技師コルネリウスが再発見。1900年、オランダ政府が発掘を開始。

 ボロブドゥール遺跡を見る。私たちは長いスロープを登る。


 食事をして…

 12時55分、バスは帰途に。マグネットのボロブドゥール遺跡をくれました。 なお、私たちの行く方向にパトカー1台が見えますが、このパトカーは私たちを先導しているのです。どうもインドネシアではパトカーに金銭を払うと、先導をやってくれるという驚異のシステムがあり、行き帰りにパトカーが交通渋滞を回避してくれました。

 トイレ休憩で1時15分から55分まで。2時5分、バスの外では雨が降りましたが、5分後、止みました。帰ったのは4時半。
 夕食は6時からWorld Cafeで「A Taste of Indonesia」。インドネシアの味で、サティやココナッツが出ました。 辛い麺…だと思う。 ココナッツは冷やしてあるので、おいしい。  寿司は機械が作るようで、この機械は人間の技量にはまだまだ遠いと思っていましたが、なんと人間が作っていました。うーん、 酢飯をギューとしめても、おいしくない。
 9時15分からはオーストラリアの歌手Beven Addinsall氏。11歳で「Young Talent Time」で発見され、52歳の現在は、Viking cruises専属の歌手になったそうです。

出航まで The Chef’s Table

文学と神楽坂

 2時半から動画サービスでDownton Abbey: A New Era(IMDbでは7.4/10)

 4時半からWintergarden(温室)でティータイム。ごく普通のアフタヌーンティーですが、以前のクルーズ船ではケーキスタンドはなかったのです。やはり小型クルーズの強みです。

 6時から7時45分まで、夕飯でThe Chef’s Tableで。メニューは小雑誌にまとめられいましたが、残念ながらその雑誌を持ち忘れました。La Route Des Indes(インドへの道)という名前がついていました。1品目は突き出し、2品目はファーストコース、3品目はシャーベット、4品目はメーンコース、5品目はデザートです。
 最初はAmuse-boucheCarrot & Cardamon Cream.  Orange & star anise foam(ニンジンとカルダモンクリーム、オレンジと八角の泡で)。Amuse-boucheは「突き出し」「ひとくちのお楽しみ」。カルダモンの和名はショウズクで、ガラムマサラやカレー粉で使っています。star aniseの翻訳は八角はっかくやスターアニス。この料理は液体を冷たくして、泡食品に変えるもの。カルダモン単独の味、オレンジと八角で作ったあぶくの味なんて、ほとんどの日本人なら知らないはず。経験がない味なので、すごいという以外にありません。

 次はFirst Course(最初の1品目、ファーストコース)でSpicy Tuna Tataki. Szechuan peppercorns, coriander & sesame oil; pickled vegetables(薬味のきいたマグロのたたき。四川胡椒、コリアンダー、ごま油。 野菜の漬物)。たたきは強い火であぶってあり、カリカリになっていました。図で白いものもあぶくでした。

 次はGranite(糖度の低いシャーベット)でGinger & Tarragon Granite. Infused vodka lemon foam(ジンジャーとタラゴンのシャーベット。ウォッカレモンの泡)。タラゴンで、アニスに似た香りがあり、フランス料理で香辛料として使うようです。これはジンジャーが主で、なんとなく味はわかりそうな気がします。これも冷製でしたが、あくぶがまさっていて、プクプクはさすがに多すぎます。

 次はMain Course(メインコース、主料理)でBeef Tenderloin With Four Warm Spices. Vitelotte, mousseline, mushrooms, jus(テンダーロイン牛肉。温かいスパイス4つ。ビテロッテ、ムースリーヌ、マッシュルーム、ジュース)。ビテロッテは紫じゃがいも、ムースリーヌは泡立てたクリームの料理。初めて量が多いものでした。

 最後はDessert(デサート)でApple Delice Facon Tarte Tatin. Butterscotch calvados sauce(アップル・デルス・ファコン・タルトタタン。 バタースコッチカルバドソース)。タルトタタンは型の中にバターと砂糖で炒めたリンゴを敷きつめ、タルト生地をかぶせて焼いたフランスの菓子。デルスはこの上ない幸せ。ファコンは出来映え。バタースコッチは主に赤砂糖とバターを材料とする菓子。カルバドスはフランスのノルマンディー地方で造られる、リンゴを原料とする蒸留酒。

 これは大満足です。初めて地上の店舗を超えたと思えるクルーズ船でした。なお、9時にはViking Welcome Receptionという歓迎会が行われましたが、これはパス。

インドネシア・デンパサール

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バリ(ベノア)、インドネシア
盛んなアートシーン、緑豊かな美しさ、壮大な海辺の景色。バリは、長い間、究極の美しさを求める旅行者を魅了してきました。島の豊かなヒンズー教の文化は、山から小川、浜辺の小石まで、すべての自然物に神が宿り、島に平和な空気を与えていると永劫に信じてきました。デンパサールは島の繁栄する首都で、市場がある町 (デンパサールは大まかに「北の市場」と訳されます) として設立されましたが、今日でも色とりどりの屋台や、明るいサロンや複雑な模様のバティックを販売する広大な店舗で賑わっています。 バリ島だからこその静謐な一面もあります。その多くのエレガントで高く評価されている寺院は、海から採取された白いサンゴから彫られているものもあります。

 朝6時に起床。6時55分からルームサービスとして朝食をとり、8時に観光バスに行き、8時25分、観光の名前は「Market Visit & Balinese Hindu Temple」。ここで車両は左側通行する、と判明。日本と同じだと気づきました。


 バスはマーケット(Pasar Badung Kota)に9時10分に着き、10時55分まで。ここで単語のPasar(パサール)は市場。バドゥン市場と日本語では訳します。しかし、マーケットに行く前に初めは左にある小さな寺。

 それから全員はバドゥン市場に行くようです。車椅子ではダメなので、私は外で待っています。

 


 バドゥン市場に行かなかった私やそそくさと帰った人はDauh Puri Kangin地域の反対側で結婚式が始まったと聞かされました。トラックで大量の人が送り込まれています。


 バスに乗り、10時半、次にジャガッナタ寺院(ジャガットナタ寺院、Pura Agung Jagatnatha)に着きました。隣にはバリ博物館があります。


 私たちはこれ以降を省略しました。塔は見ていません、はい。11時35分、デンパサールを離れ、船に。昼食は午後1時からThe Explorers’ Loungeで、サンドイッチとケーキ。

 


 

インドネシア・ベノアで

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 2023年3月18日(土)、狭い船室で洋服などを片付け、7時、The Restaurantで夕食を。その前にレクチャーがあったが、この時は全く聞きに行くという考えはなく、直接2階のThe Restaurantに行きました。
 なお、私たちが出なかったレクチャーで、1つは5時からで「Port Talk」(寄港地情報)で、クルーズ船が実施する小旅行の事前情報。もう1つは6時半からでバイキング専属の天文学者が行う「Exploring the Cosmos」(宇宙の探索)。だいだい1つで40分かかります。
 さて、The Restaurantに戻りますが、一つはずっと同じで、いわば定食。前菜、メインコース、デザートの3つに分かれています。

定食

 もう1つは毎回変わるもの。やはり前菜、メインコース、デザートの3つです。 Linguini alla Vongoleという何だかわからないものを注文しました。後で調べると、リングイネはイタリア語で、パスタの一種。アラはat (in, to) the。ヴォンゴレとはアサリのスパゲッティのことで、でできたものは……

 デザートはMango Tango。マンゴのアイスクリームとライムのシャーベット。

 量はちょうど良く、うまいと言ってもいいと、思いました。
 9時から「Balinese Dance Performance」で、ガムラン音楽を聞き、バリ舞踊を見せるもの。これも40分でした。これは地上では2時間かかることもあるのに、40分で終わるのは、いやー、素晴らしい。


 11時40分に風呂に入り、これは全く新しい経験でした。まず、このシャワーは床、壁、天井などは全てプラスチック性素材で覆っている。はいると小さな丸穴を除いて、シャワーの湯気は外に出ない。そのため、あっという間に温まる。シャワーでぽかぽかと温かい湯は他には見たことはありませんでした。(その後、他のクルーズ会社でも同様なシャワーがあるとわかりました) 12時、就寝。

ジャバ海に

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ジャワ海を航海する
17世紀から18世紀にかけてオランダ東インド会社の商船がジャワ海を横断しました。これは歴史上経済的に最も成功した貿易でした。オランダ船は、ジャワ海岸からオランダに戻り、同時に無数の香辛料の箱を運び、国の富は強化し、有名なオランダの黄金時代に貢献しました。最近では、第二次世界大戦の連合軍の海軍が、この海で日本軍の攻撃からジャワ島を防衛しています。ジャワ海とその向こうに広がる今日のインドネシアの国は、13,000以上の島々を網羅しています。広大で緑豊かな美しい群島です。航海しながら、遠くから賞賛してください。

 2023年3月20日、6時起床。7時5分、World Cafeで朝食。8時10分、動画サービスLove is love is love(IMDbでは4.3/10)。レクチャー「History of Indonesia」。9時30分から始まりましたが、私たちは遅れて45分から出席。
 12時45分から1時10分までは、昼食でMamsen’sで。ノルウエーの伝統的なハート型ワッフルですが、量が多すぎるという点を除き、普通すぎるワッフルでした。 1時半から3時半までは動画サービスBullet train(7.3/10)。2時30分から3時10分のレクチャーは「Indonesia’s Capital Cities – Past, Present and Future」(インドネシアの首都たち」。近年だけでもいくつかあるようです。ヌサンタラは2024年に移転予定の首都移転予定地で、ここは地震はまずありません。 4時30分から5時10分までのPort Talkは「Semarang」(スマラン)。6時30分から7時10分までは音楽「The ABBA Songbook」


 7時半から8時25分、The Restauntで夕食。最初はLobster Veloute (Parisian carrot & Cognac cream)。ヴルーテはなめらかな基本のソース。ロブスターが加わったもの。 Risotto al Tartufo e Spugnole (Black truffle & morel mushroom risotto)。タルトゥフォとは白か黒のトリュフ。スプニョーレとはアミガサ茸。トリュフとアミガサ茸のリゾット。 Angus New York Strip Steak (grilled to order; French fries, beurre maitre d’hotel)。beurreはバター。メートルドテールはレストラン支配人。ニューヨーク・ショートロイン・アンガス牛ステーキ


 Pistachio Raspberry Allumette (Pistachio dacquoise, raspberry palette, green rocher coat)。アリュメットはマッチ棒大に細長く切る調理技術。ダックワーズは、フランスのダックス地方の郷土菓子。ロシェは一口サイズのチョコレート。ピスタチオ・ラスベリー・アリュメット。
 10時45分、就眠。

日本からインドネシアに

 2023年3月16日(木)、午前11時のフライドでインドネシア・バリ島に。日本時間の午後6時5分に着き、飛行時間は約7時間。
 バリ島ではガイドをガルーダ・オリエント・ホリディー社に頼んだ。私は2年前から歩行器が必要になり、また外国旅行なので大事を取って車椅子にした。ガイドさんも飛行機の客から簡単に車椅子1人と妻を発見することは簡単だった。車に乗り込んだが、普通の車よりも少し大きい。
 日本人はこの3年間インドネシアにこなかったから大変だったとガイドさん。弟は日本人と結婚して、千葉県佐倉市に住んでいると話す。話しながら、約1時間でクタに向かう。
 ここで、車に乗るには簡単でも、降りるのが大変。大きな車体でもリアドアと車の隙間が妙に狭いので、悪い右足がリアドアにかかって車外に出ない。そこでガイドさんと運転手さんの2人の力が必要だった。はい、出られました、たいへんですが。
 ホテルはDiscovery Kartika Plaza Hotel。 日本人はこのホテルをまず使わないとガイドさん。主にオーストラリア人やニュージーランド人が使って、今も日本人はいない、という。また、レストランは4つあるらしい。あとてわかったことだが、2つは主にバーとしてやっていて、レストランは2つだけだという。
 ガイドさんと別れ、部屋に入り、レストランの1つに入ると午後8時になっていた。


 このレストランについて後で調べるとThe Pond Restaurantという名前。食べたものはサテ(焼き鳥)とトムヤムなんとか(クン=海老ではない)。バリでは日本より1時間遅れるように時刻を変更する。

翌日のThe Pond Restaurant。夜、この椅子にかけた

 翌日(金)、6時に起きる。ガイドさんとの再会は午前9時。その前に朝食を。昨日は外で食べたが、今回は中で。中に入ると超巨大なレストランでした。とにかく種類が多い。ただし、洋食が中心で、インドネシア風の食べ物は少ない。スイカ、メロン、マンゴスチンがあった。

The pond restaurent。この調子で3方が全て食品

 ホテルの内部も見てみた。スパだけですが。

 さて、9時、ガイドさんを待ち、9時30分になって現れた。階段がない名所がいいと私。1番目は有名なテガララン村(Desa Tegallalang)の棚田。しかし、中に入ってしまうと入場料(Rp20,000=約180円)を取られてしまうので、遠くから見るだけでいいとガイドさん。しかし、村に行く途中の橋は流されてしまったので、大回りをして、棚田に着いた時間は正午。昔、1回目の時は見にいきましたが、はい、日本の棚田とそれほど変わりはありません。10分で完了。

 2番目はカンディクニン(Candikuning)村にあるウルン・ダヌ・ブラタン寺院(Pura Ulun Danu Beratan)。午後1時近くに到着。

ウルン・ダヌ・ブラタン寺院

 ここで綺麗な庭園を抜けるとブラタン湖の中にある綺麗な寺院のメル(meru、多重塔)にやってくる。入場料は1人あたりRp75,000=約670円。

 どうも身障者用の通用門のような門を抜けたので、必ずある割れ門(Candi bentar)は通らなかった。

 昼もここで食べて、出たのは2時15分。途中で妻はコーヒー豆(2時40分〜3時)とチョコレート(3時20分から10分間)を買い、それからラッシュアワーに巻き込まれて、帰ったのは5時に。ガルーダ・オリエント・ホリディー「専用車&ガイドチャーター」6時間プランで1,150,000Rp(約10,200円)でした。

 夜は6時40分からSokube Baliというレストランで。2人で、ハンバーガーとミーゴレン(焼きそば)とサングリアをとった。

Sokube

 中身は普通のレストランでも、オーストラリアやニュージーランドの人々がたくさん泊まっていて、何か欧州に来た気がしました。

人が歩いているのは遊歩道。

 なお、ここは夕日がいいと言われているようです。

 18日(土)、7時に起きて、朝食は7時半、10時半から11時15分にホテルの写真を撮りました。

 

 

 

 

 11時45分、ホテルの会計を済ませ、12時、隣のそごうを見て、1階から2階にはエレベーターはないとわかり、45分、ホテルに戻る途中で、車椅子で歩道から駐車場の車道に行こうとした時に転倒しました。
 日本ではガソリンスタンドやコンビニの駐車場は歩道と同じ高さなので、歩道者は普通に歩けます。ところがインドネシアではスタンドや駐車場は車道と同じ高さで、歩道は10センチも高くなっていて、少し歩くと段差になる。ここでは段差が当たり前なのです。ただし、あっといわずに、4人位が集まり、起こしてもらいました。
 昼もホテルで済ませ、スイカのジュースとサテ(焼き牛肉)でした。2時、レストランの会計でごたごたとなり、結局現金を使い、クタをでたのは2時25分。

 これからViking Orionに乗ります。波止場(Benoa Cruise Terminal)に着いたのは3時。なお、波止場の位置は日本ではわかりませんでしたが、ここ赤丸でした。

 Benoa Cruise Terminalにはいり、コロナの質問票を1人1人書き、ベトナム入国用ビザの顔写真を撮っていないから撮るように言われて、部屋の奥に行ったら米国人には必要、日本人については不要と言われ、結局撮らず、そして乗船。3時35分、Viking Orionの客室に入りました。