神楽坂4丁目

文学と神楽坂

今では4丁目です。明治2年、宮比神社があり、そこで宮比(みやび)(ちょう)(正しくは上宮比町)になりました。明治、大正、戦争前はどれも上宮比町です。明治20年の地図でも同じです。昭和26年、4丁目になりました。紅小路 ここで「楽山」から奥に行く小さな路地があります。楽山とみずほ銀行の間ですこの路地をあでやかに「紅小路」と呼びます。なんで? 通りに面するビル、昔の楽山とみずほ銀行がどちらも赤いビルの壁になっているから。これは今の楽山に変わる前で、今ではそうでもないようですが。
ではまた元の通りに戻りましょう。鳥茶屋せんべい福屋の間に大きな路地が見えます。これは賞を取ったことで「まちなみ景観賞の路地」、千鳥足で歩きたいことで「酔石横丁」と呼ばれています。
酔石
奥には右側の古い居酒屋「伊勢(いせ)(とう)」と左側のクレープ屋「ル・ブルターニュ 」が対でならんでいます。もっと詳しく石畳はここでこの奥、兵庫横丁になっています。
細身

ではもう一度元に戻って、3軒先に進みます。「AWAYA」と「ワヰン酒場」の間に1つ路地があります。けやき舎の『神楽坂おとなの散歩マップ』の地名では「ごくぼその路地」、牛込倶楽部『ここは牛込、神楽坂』平成10年夏号で提案した地名は「デブ止め小路」「細身小路」「名もなきままの小路」と呼んでいます。神楽坂で最も狭い路地で、しかし、先には狭い路に面して居酒屋もあります。「拝啓、父上様」第一回で田原一平は奥からここをすり抜けて毘沙門天で待つ中川時夫に会うエピソードがあります。

神楽坂通り
  ケイタイをかけつつ歩く一平。
一平「動いてないな。ようし見えてきた。後1分だ。一分で着くからな」
ごくほそ1

コインランドリーで洗濯をしていた田原一平は洗濯物を持ってこの路地を抜け毘沙門天で待つ中川時夫に会う

善國寺はここを
5丁目はここを
兵庫横丁はここを

神楽坂の通りと坂に戻る場合は

文学と神楽坂

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