安養寺|神楽坂6丁目

文学と神楽坂

安養(あんよう)寺は神楽坂上にあります。正式名称は医光山 長寿院 安養寺です。開基は慈覚大師円仁。明治時代とあまりかわっていません。
 
天正19(1591)年、徳川家康が築城の際、城内平河門口から田安門口に移り、天和3年 (1683)、牛込の現地に移転。場所はここ。
左門に書いてあるのは「大聖歓喜天王 安養寺」。右門には「本尊薬師如来 天台宗」と書いています。
安養寺の正面
ここで正面の建物は聖天堂で、大歓喜天王像(別名「神楽坂聖天」)と、江戸三十三観音の十一面観音菩薩が本地仏として祀られています。
 
扁額は
歓喜天
観音像は、観音堂左手の2階本堂に安置。
 
薬師瑠璃光如来は大佛薬師如来や神楽坂大仏とも呼び、徳川家ゆかりの仏像です。
 
昭和20年、大空襲で消失、大仏の顔、手、薬壺が奇跡的に残り、当時、日本一とされた京都の仏師が復元。
安養寺の2階

当寺本尊薬師如来は徳川家ゆかりの霊仏で、太平洋戦争の空襲にあわれながらも、そのご生命である御顔・薬壺・手首は無傷のまゝ残られました。これらをもとに復原申しあげ 人々の難病をはじめ心身の病いを癒し、やすらぎの生活にとお導き下さっています。
ご真言 おん・ころころ・せんだり
まとうぎ・そわか
ご祈祷のお申込は寺務所へおいで下さい。

2階に行くと祈祷料は金5千円だと書いてありました。
聖天堂の前に祀られているのが宝生弁財天(銭洗い弁天)です。弁財天は水神であり、芸や財の神で、右手にある洗心宝生水の水でお金を洗います。洗心宝生水は宝珠を乗せた水盤で、水を満々と湛えています。子育地蔵尊と出世地蔵尊もあります。安養寺の内側から外側
神楽坂5丁目 朝日坂 Caffè Triestino 清閑院 牛込亭 川喜田屋横丁 三光院と養善院の横丁 一水寮
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