神楽坂|大東京案内(1/7)

文学と神楽坂

 (こん) 和次郎(わじろう)編纂の『新版大東京案内』(中央公論社、昭和4年。再版はちくま学芸文庫、平成13年)で「神楽坂」です。



 今和次郎氏は早稲田大学理工学部建築学科助手から大正9年(1920年)には教授。民家研究家、民俗学研究者で、「考現学」を提唱し、服装研究家としても著名でした。

山の手銀座-この言葉(ことば)も今は新宿(しんじゆく)お株(うば)はれたが發祥の地はこゝである。神樂坂は(ひる)よりも(よる)の盛り場だ。(しか)も市内名うての盛り場の多くが、電車(でんしや)自動車(じどうしや)殺人的(さつじんてき)往來によって脅威(けふゐ)されてゐるのにこゝばかりは()ともし頃から十時頃迄、車馬一切の通行止(つうかうどめ)、安全を保證(ほしよう)された享樂第一のプロムナードを現出する。

 (よる)神樂坂(かぐらざか)通は人の神樂坂だ。その(おびただ)しい人出の中を、なまめかしい 座敷着(ざしきぎ)の藝者が()つて歩く情景(じやうけい)は、この町通りの一大異色。云はずと柳暗花明(りゆうあんかめい)歓楽境(くわんらくきやう)が横町から横町に展開(てんかい)されてゐることがわかるだらう。
山の手銀座 「山の手銀座」は関東大震災になってから使いました。昭和2年の『大東京繁昌記』では、「山の手の銀座?」という章が出てきます。野口冨士男氏の『私のなかの東京』(昭和53年)の「神楽坂から早稲田まで」には「大正十二年九月一日の関東大震災による劫火をまぬがれたために、神楽坂通りは山ノ手随一の盛り場となった。とくに夜店の出る時刻から以後のにぎわいには銀座の人出をしのぐほどのものがあったのにもかかわらず、皮肉にもその繁華を新宿にうばわれた」と書いています。関東大震災後、神楽坂は3~4年繁栄しましたが、あっという間に繁栄の中心地は新宿になっていきます。「市内で焼け出された多くの市民が山手線の外周、そこから延びる東横、小田急などの私鉄沿線に移り住んだことによるものだ」と『雑学神楽坂』の西村和夫氏は説明します。

株:その仲間・社会で評価を得ていること。その評価。
名うて:有名な。評判が高い
脅威:強い力や勢いでおびやかすこと。また、おびやかされて感じる恐ろしさ
灯ともし頃:ひともしごろ。日が暮れて、明かりを点し始める頃。
享楽:きょうらく。快楽を味わうこと。
プロムナード。散策。散歩道。遊歩道。自動車を気にすることなく、ゆっくりと散策を楽しめる。 フランス語promenadeから。
夥しい:おびただしい。非常に多い。
なまめかしい:あでやかで美しい。色っぽい。女性の身振り、しぐさや表情に、性的な魅力がある。
座敷着:芸者や芸人などが、客の座敷に出るときに着る着物
縫う:ぬう。この場合は事物や人々の狭い間を抜けて進むこと。人々や事物の間を衝突しないように曲折しながら進むこと。 「仕事の合間を縫って来客と会う」「雑踏を縫って進む」
異色。普通とは異なり、目立った特色のあること
柳暗花明;りゅうあんかめい。柳の葉が茂って暗く,花が明るく咲きにおっていること。美しい春の景色。転じて花柳街。色町。
歓楽境。かんらくきょう。楽しく遊ばせてくれる所。花街や遊興の場所

大震災(だいしんさい)直後(ちよくご)、幸運にも火災から免れたばかりに、三越の分店、松屋臨時賣場(りんじうりば)、銀座の村松時計店(むらまつとけいてん)資生堂(しせいだう)の出店さてはカフエ・プランタン等々、一夜に失はれた下町の繁華(はんくわ)が一手に押し寄せた觀があった。その後三年四年の間にこれらの大支店も次々に影をひそめ、今は從前(じうぜん)の神樂坂氣分に立ち返った。復興(ふくこう)市街地(しがいち)勃然(ぼつぜん)たる生氣と形態(けいたい)はなくとも、いつかは徐々にそここゝの店舗(てんぽ)が新時代風に變貌(へんぼう)する。なによりも誇るものは坂下から坂上までの立派な(しん)()石道アスフアルト道だ。坂の部分が洗濯板聯想(れんさう)させるのも愉快(ゆくわい)な滑稽である。
松屋 不明です。ただし、銀座・浅草の百貨店である、株式会社松屋 Matsuyaではありません。株式会社松屋総務部広報課に聞いたところでは、はっきりと本店、支店ともに出していないと答えてくれました。日本橋にも松屋という呉服店があったようですが、「日本橋の松屋が、関東大震災の直後に神楽坂に臨時売場をだしたかどうかは弊社ではわかりかねます」とのことでした。
カフエ・プランタン 最初は明進軒、次にプランタン、それから婦人科の医者というように店とその名前が変わりました。昔の岩戸町二十四番地、現在は岩戸町一番地です。

 

明進軒

明進軒、次にプランタン、それから婦人科の医者というように名前が変わりました。図は昭和12年の火災保険特殊地図(都市製図社)です

アスファルト道 ニッポン「道路舗装」史 http://www.tanken.com/hosou.html では、「アスファルトの利点は、①工事費が安く、②施工後、数時間で使える点でした」と書いています。なお、「コンクリは①寿命が長く、②轍ができない、さらに③原料の石灰石は国産可能というメリットもありました」。さらに「国交省の『道路統計年報2013』によれば、「現在の日本の道路総延長は1200万キロ。そのうち未舗装が19%で、コンクリート舗装はわずか4.5%。残りはすべてアスファルト舗装になっています」と書いてありました。
洗濯板 洗濯衣類を洗うときに使う道具。水をつけてこすりつけるようにして洗います。

勃然:ぼつぜん 急に、勢いよく起こるさま
鋪石道:ほせきみち。道路に敷いてある石。しきいし

 

文学と神楽坂

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