袋町の櫻

文学と神楽坂

CCF20140518_0000000.0 本は『牛込華街読本』(昭和12年)です。最初の半分は芸者の心構えが書いてありますが、後半は歴史や謂れが書いてあります。この「袋町の桜」の一節は後半の一部で、全く聞いたこともない言葉や熟語がでてきます。でも、辞書を片手に読むと、袋町はなかなか綺麗だったとわかってきます。遠藤但馬守の館には桜が何十本も植えられて、築山、亭、茶園などを配する庭園があったのです。現在は普通の家ばかりが並んでいますが、矢来町の酒井家の下屋敷と比べると、明治時代では遠藤但馬守の下屋敷のほうが遥かによかったのではと思ってしまいます。
 実はこれより早く『新撰東京名所図会第42編』に同じ項がかいてありました。でも『牛込華街読本』を引用します。

袋町二十五番地は遠藤但馬守(江州三上の藩主一萬三千石)の下屋敷の跡ですが、其地續き及び二十六番地の(ほとり)は光照寺の境内地と幕士宅址でした。明治以後、いたく荒れ果てゝ、人の顧みるものも無かつたのを、牧野(はたす)(故陸軍少將)が此一廓を買取り、修理して庭園といたしました。そして吉野の種を(ここ)に移して、櫻雲搖曳、盆地あり、假山(つきやま)あり、山上に(てい)ありといふ具合に風雅なものにいたしまして、北の方光照寺の墓地に接して()(ゑん)を作り、自ら娯んでゐられたのみか、但馬守の(ふるい)(やしき)に住んでゐられました。開花の候ともなりますと、林泉遊覧を一般に開放して、亭に、(みぎは)に、花を賞して逍遙自在だったといふことです。だか平時(ふだん)は園門を堅く鎖してありました。
遠藤但馬守 遠藤但馬守の敷地は青い場所です。邸宅は左下の赤で指した場所なのでしょう。
明治18-20年

明治18-20年

江州 ごうしゅう。近江国(おうみのくに) と同じ。現在の滋賀県。
三上 三上藩。みかみはん。琵琶湖の南東部、滋賀県野洲市を領有した藩。
下屋敷 しもやしき。したやしき。郊外などに構えた控えの別邸
地續き 地続き。じつづき。土地と土地とが、海や川で隔てられることなく続いていること。
幕士 幕府の武士の意味でしょう。
宅址 たくあと。住居の跡。建造物には「址」も使います。
顧みる 心にとどめ考える。気にかける
一廓 いっかく。あるひと続きの地域
吉野 奈良県中部、吉野郡の地名。桜の名所

よしのざくら。吉野桜。吉野山に咲くヤマザクラ。またはソメイヨシノの別名

ソメイヨシノ。名前は江戸末期に染井(ソメイ)の植木屋が広めた吉野桜から
ここ。現在の時点・場所を示す語。この時・この場所で。
櫻雲 桜雲。おううん。桜の花が一面に咲きつづいて、遠方からは白雲のように見えること。花の雲
搖曳 揺曳。ようえい。ゆらゆらとたなびくこと
假山 築山(つきやま)と同じ。人工的に作った山
尖亭屋根だけで壁のない休息所。休憩したり、雨や日光を避けて涼んだり、景色や季節の移ろいを眺めたりする。東屋
茶園 makinoharadaityoenn茶を栽培している畑。茶畑。 茶を売る店。茶舗。
娯んで 楽しい、愉しい、娯しい、たのしい。
林泉 りんせん。林や泉水を配して造った庭園
遊覧 ゆうらん。あちこち見物してまわること。
みぎわ。海・湖などの水と、陸地と接している所。みずぎわ。なぎさ
逍遙 しょうよう。気ままにあちこちを歩き回ること。そぞろ歩き。散歩
自在 自分の思うとおりにできること
明治二十年頃、始めて神樂町三丁目から中町に通する邸内を横貫する新道を開きましたので、新道開鑿以来、樹木は伐去られ、次第に人家が立て込みましたので、漸く其風致を損ひましたが、牧野氏が引拂つた後は子爵土井家(舊越前大野の藩主四萬石)この地所を購入され、叉但馬守の邸址に(やかた)を作られました。

 その頃土井家の後園、新道の邊及び近傍に散在した櫻の樹はみな牧野將軍の遺愛の名花で、殊に若宮町に面する土井家の石垣と黒板塀に添って列植せられてあつたものなどは、其數七八十本にも及び、連梢吉野のを呈して、春の眺めは一入だったとのことです。
開鑿 開削。かいさく。土地を切り開いて道路を作ること。明治28年には新道ができました。
明治28年

明治28年の地図

伐去 伐。ばつ。きる。うつ。刃物で木などをきる。 去。きょ。さる。その場から離れていく。「うちさられ」と読むものでしょうか。
風致 ふうち。おもむき。あじわい。特に自然のおもむき。風趣
旧。きゅう。古いこと
越前 ほぼ福井県中・北部に相当します
後園 こうえん。家のうしろにある庭園や畑
列植 れっしょく。植物を並べて植えること
連梢 連。れん。つれ、仲間、連中。 梢。しょう。こずえ。木の先端。これで「れんしょう」になるのでしょうか。こずえが何本も植わっていること
えん。色あざやかな、あでやかな
一入 ひとしお。いっそう。ひときわ
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