岩座と立ち食いそば

文学と神楽坂

正面の岩座(いわくら)と、その左側で、閉鎖中の立ち食いそば(の跡?)です。岩座は祈りのパワーストーンと和雑貨の店です。地図で岩座はここ立ち食いそばはここ

5丁目8番地

 
神楽坂アーカイブズチーム編「まちの想い出をたどって」第1集(2007年)「肴町よもやま話①」ではこの現在は岩座店である上田屋と現在は立ち食いそば店の浜田屋メリヤス店の跡地を巡って話が進みます。
 
なお、「相川さん」は大正二年生まれの棟梁で、街の世話人。「馬場さん」は万長酒店の専務、「山下さん」は山下漆器店店主です。
 

この2店とも5丁目8番地です。

馬場さん それで寺内に入る横丁になるんですよね。
相川さん はい、そうです。寺内に入る横丁です。
馬場さん そして、隣がいまの遊馬さんのところで「ウエダ履物店」。
相川さん そのあと「キクヤ」つていうレコード屋でしたね。
馬場さん そのキクヤのレコード屋と、寺内の突き当たりにあった「キクヤ」というお汁粉屋は?
相川さん そう同じ人です。レコード屋をやめて、お汁粉屋になった。「大橘」っていう割烹料理屋のところが空いたんで、そこへ引つ越した。それでお汁粉屋をやったんです。
馬場さん それから隣が「浜田屋」さん。
相川さん はい、浜田屋さん。「浜田屋メリヤス店」。
山下さん うちの長男坊が浜田屋さんとこの息子さんと友達でね。
相川さん あれは、妹さんのご亭主。浜田屋さんのおうちはね、娘が二人だった。お姉さんの方のご養子は問屋あたりを回っている。小売はあまりしなかった。小売の方は、お父さん、お母さん、それから自分のおかみさんとに任せておいて、自分は問屋の組合のことだのを専門にやっていたんです。それから、妹さんのご亭主がそのあとを引き受けたんですね。戦争中はお姉さんの方の家族は早くに疎開しちやった。そのあとに義弟さん夫婦が入って、あそこでやってて、売ったわけですね。そうそうそう。
馬場さん 浜田屋さんところはいまの? 青山さん(注5)のところ。(注。現在も青山さんは立ち食いそば屋さん。)
震災前 洋品浜田屋 はき物上田屋
昭和5年頃 浜田メリヤス店 上田屋履物
昭和12年 建物 
昭和27年 パチンコ 精肉
昭和35年 中華来々軒 肉 恵比寿亭
昭和45年 中華来々軒 精肉 恵比寿亭
昭和55年 中国料理 曳花 恵比寿亭
平成2年 立喰そば 青山 恵比寿亭ビル
平成8年 青山そば IDOプラザ(au店)
平成16年 閉店? 岩座
来々軒
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