矢田津世子|神楽坂

文学と神楽坂

矢田津世子矢田(やだ)津世子(つせこ)氏の「神楽坂」です。1936(昭和11)年3月号の『人民文庫』に初めて上梓し、第3回芥川賞候補になりました。これは真っ先の、つまり一番の初めの一節ですが、花街が出てきます。問題はどこをどう曲がったのか、です。青色で書いてあります。

 夕飯をすませておいて、馬淵の爺さんは家を出た。いつもの用ありげなせかせかした足どりが通寺町の露路をぬけ出て神楽坂通りへかかる頃には大部のろくなっている。どうやらここいらへんまでくれば寛いだ気分が出てきて、これが家を出る時からの妙に気づまりな思いを少しずつ払いのけてくれる。爺さんは帯にさしこんであった扇子をとって片手で単衣をちょいとつまんで歩きながら懐へ大きく風をいれている。こうすると衿元のゆるみで猫背のつん出た頸のあたりが全で抜きえもんでもしているようにみえる。肴町の電車通りを突っきって真っすぐに歩いて行く。爺さんの頭からはもう、こだわりが影をひそめている。何かしらゆったりとした余裕のある心もちである。灯がはいったばかりの明るい店並へ眼をやったり、顔馴染の尾沢の番頭へ会釈をくれたりする。それから行きあう人の顔を眺めて何んの気もなしにそのうしろ姿を振りかえってみたりする。毘沙門の前を通る時、爺さんは扇子の手を停めてちょっと頭をこごめた。そして袂へいれた手で懐中をさぐって財布をたしかめながら若宮町の横丁へと折れて行く。軒を並べた待合の中には今時小女が門口へ持ち出した火鉢の灰を(ふる)うているのがある。喫い残しのが灰の固りといっしょに惜気もなく打遣られるのをみて爺さんは心底から勿体ないなあ、という顔をしている。そんなことに気をとられていると、すれちがいになった雛妓に危くぶつかりそうになった。笑いながら木履(ぽっくり)の鈴を鳴らして小走り出して行くうしろ姿を振りかえってみていた爺さんは思い出したように扇子を動かして、何んとなくいい気分で煙草屋の角から袋町の方へのぼって行く。閑かな家並に挟まれた坂をのぼりつめて袋町の通りへ出たところに最近改築になった鶴の湯というのがある。その向う隣りの「美登利屋」と小さな看板の出た小間物屋へ爺さんは、
「ごめんよ」と声をかけて入って行った。

単衣:ひとえ。裏地のない和服のこと。6月から9月までの間にしか着られない
衿:えり。首を取り囲む所の部分
抜きえもん:抜衣紋。和服の着付け方。後襟を引き下げて、襟足が現われ出るように着ること
尾沢:尾沢薬局がありました
こごめる:こごむ。屈める。からだを折り曲げる。こごむようにする。かがめる
待合:男女の密会、客と芸妓の遊興などで席を貸し、酒食を供する店
雛妓。すうぎ。まだ一人前ではない芸妓。半玉(はんぎょく)
莨:たばこ
小間物屋:日用品・化粧品・装身具・袋物・飾り紐などを売る店

通寺町の露路→
神楽坂通り→
肴町の電車通り→
毘沙門の前→
若宮町の横丁→
袋町
赤色は「爺さん」が実際に歩いた場所です。橙色で囲んだ所は花街です。若宮町の横丁がないと花街もないことに注意。たとえば青色の藁店(わらだな)を通っても花街はまったくありません。この歩き方は花街を歩く歩き方なのです。昭和5年「牛込区全図」矢田津世子
木履
ぽっくり

ぽっくり

ぽっくり。少女用の下駄の一種。祝い事の盛装や祇園の舞妓の装いに用いる。

鶴の湯 火災保険特殊地図(都市製図社、昭和12年)によれば、袋町24に「衣湯」がありました。

藁店(わらだな)を横切って袋町にいく順路もありますが、しかしこの場合、花街はどこにもありません。花街がない神楽坂なんて考えられません。若宮町の横丁を通って初めて花街にいける。小説では最初の一節で花街の色香がでてくる。こうじゃない場合はただダメです。

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