明治20年の神楽坂の地図

1970年、新宿区立図書館の『新宿区立図書館資料室紀要4 神楽坂界隈の変遷』45頁に「神楽坂付近の地名」として出ています。
明治20年の地図

善国寺 若宮小路 竹内小学校 毘沙門横丁 毘沙門横丁 軽子坂 揚場町 牡丹屋敷 小栗横丁 小栗横丁 一丁目 鏡花仮宅 二丁目 三丁目 本多横丁 四丁目 庾嶺坂 逢坂 新坂 地蔵坂 地蔵坂 わら店横町 わら店 光照寺 大田南畝故宅は中町 寺内 肴町 瓢箪坂 安養寺 川喜田屋横丁 川喜田屋横丁 袖摺坂 袖摺坂 弁天坂 朝日坂 筑土八幡 浅田宗伯 尾崎紅葉址 白銀坂 赤城坂 山里 六丁目 横寺町 北町 北町中町南町

若宮小路竹内小学校毘沙門横丁軽子坂神楽坂1丁目牡丹屋敷鏡花仮宅小栗横丁神楽坂2丁目神楽坂3丁目本多横丁四丁目庾嶺坂逢坂善国寺新坂藁店光照寺大田南畝故宅(正しくは中町)肴町コノ辺 地内ト云瓢箪坂安養寺川喜田屋横丁袖摺坂弁天坂五味坂朝日坂筑土八幡浅田宗伯尾崎紅葉址白銀坂赤城坂山里六丁目横寺町
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1 thought on “明治20年の神楽坂の地図

  1. 田村よしあき

    生まれてから箪笥町7番地に19年住みまして酒井邸が遊びびばでした。今は、草加の松原の杉並木のそばに住んでいます。72才になりますが、懐かしいです。日曜など高速で30分てす。距離で20キロあります。徴兵もなくいい時代にうまれました。御先祖に感謝です。令和になり、世襲の政治家の終焉を迎えようとしています。徳川幕府の時代のように。大阪の吉村さんみたいな人がててくるのでしょうね。国の繁栄と祖先に感謝して。

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