文豪の素顔|森鴎外(3)

文学と神楽坂

 精養軒へあがると、玄関のホールのダイバンのところには、
もうちやあんと秀雄と勇が一足先にやつてきて、ビールなん
か飲んでゐる。秀雄の方は宿酔とみえ顔も何も土気色をして
ゐたが、フラフフラたつてきて、杢さんと挨拶をかはしたあ
とで、駄々ッ子のやうに、「杢さん、ちよつと。」と、眼顔
で合図をする。
 杢さんは秀雄と一しよに奥廊下の入口まで入つていつたが、
頭をかきながら帰つてきて「あひにく、僕は余分なラルジャ
ンをもつとらんのだよ。」と、赤い顔をしてゐる。
 ははア、こりや二人とも杢さんに会費をタカるつもりだな
と気づくと、僕は恥かしくなつて、耳たぶが熱くなつてきた。
 早速帳場へいつて、僕は秀雄と自分のと二人分払つた。た
しか三円だつたから六円払つたと思ふ。と、秀雄はそれをみ
てゐて、
「おい、幹さん、吉井のも払はなけやダメぢやないか。」と、
口を尖らかして、そんなことは当りまへだといふやうにカサ
にかかつていふ。
 僕は忌々しいとは思つたが、年少の人のよさでいはれると
ほり潔よく払つた。あと一円しか殘らない。外套をころして、
人の分まで払はせられるとは、全く情けなかつた。そのオー
バーも今入れたんぢや、今年の十二月まではむろん出せッこ
ないのはわかつてゐる。
ダイバン ダイバンには大盤、台盤、台板などがあるようです。大盤は食物や水などを入れるための大きな器。台盤は、食卓の一種で、食物を盛った(さら)をのせる台のこと、台板は物や人をのせる板のこと。
土気色 つちけいろ。土のような色。生気を失った人の顔色
ラルジャン l’argent。銀貨のこと
たかる (たか)る。人に金品をせびる
かさにかかる 嵩にかかる 威圧的な態度でのぞむ
ころす 質屋の担保(質草)に入れる
 そこへあまり脊丈のたかくないひとりの軍人が、かちやかちや
剣鞘をつきならしながら颯爽と入つてきた。鷗外先生であつた。
声望隆々たる陸軍軍医局長であるから、昭和時代ならむろんピカ
ピカした四万台の自動車で、威風堂々あたりを払つて御入来とい
ふところであらう。しかし明治四十何年かのことであるから、電
車でさへも珍らしい時代であつた。先生は山下の広小路まで市電
でみえて、あれから人力車に乗られたんぢやないかと思ふ。上田
敏先生も、夏目漱石先生も辻待ちの人力車であつた。鷗外先生は
まつ先に杢さんをみつけて、片頬でにつこり笑つて、無雑作に会
釈をされる。頭も軍人風のイガ栗ではなくうすい髮毛を分けてゐ
られるので、何んだかちつとも軍服がイタにつかない感じである。
ただ少し右の肩がいかつてゐるのが、いかにもきかぬ気らしい
ヒョウ悍さをみせてゐる。その時分、雑誌ゴロか、暴力団か何か
が、陸軍省の玄関先で先生に失礼なことをいひかけて、突き倒さ
れたとか、殴られたとかいふデマが盛んにとんでゐた。とにかく
日露戦争からずつとつなかつてゐる初期軍国主義的気分が社会に
ほうはくしてゐる時代であつた。
 杢さんは例の真赤な顔でいんぎんに挨拶をしたが、吉井勇はに
やにやするばかりで、たちもしなかつた。それでゐて気嫌をとる
でもなく、お愛想をするでもなく、にいッと唯笑うだけのそのか
ねあひが、実に勇の名演技中の名演技であつた。やはり伯爵の御
曹子だけの貰祿はあつて、誰れでも勇のこの表情にはころりとま
ゐらせられたものである。薩摩人らしいおほらかな怜悧さである。
剣鞘 けんしょう。剣の刀身の部分を納めておく筒
颯爽 さっそう。姿や態度・行動がきりっとして、見る人にさわやかな印象を与える
四万台 4万円台と書き換える以外にいい方法はなさそうです。
辻待ち つじまち。人力車などが道ばたで客を待つこと
板につく 経験を積んで、動作や態度が地位・職業などにしっくり合う
きかぬ気 人に負けたり、人の言うなりになったりすることを激しく嫌う性質
ヒョウ悍 剽悍。ひょうかん。すばやい上に、荒々しく強いこと
雑誌ゴロ ゴロは「ごろつき」の略。無職・住所不定で人の弱点につけいる、ならずもの
ほうはく 磅礴。広がり満ちること。満ちふさがること
怜悧 れいり。賢いこと。利口なこと
 鴎外先生もこつちへ歩いてみえて、
「吉井君、昨日與謝野君から手紙をもらつたよ。」と、笑ひ
ながら煙草に火をつけられる。
 勇はコップをもつたまま、例のコツで、
「さうでしたか。僕もこの頃は御無沙汰してゐるんです。」
と、極めて素朴な青年らしさをみせる。
「與謝野君は晶子さんが歌集を出すさうだから、何かかいて
くれといふんだが。」
「さうですか。何かかいてやつて下さい。お願ひします。」
「しかし僕は、今ひどく忙かしいんでね。もし君逢つたら、
うまく断つといてくれないかね。」
 さういひながら鴎外先生は杢さんと二人で、食堂の控室の
方へ入つていつてしまはれた。僕はていねいにお辞儀をした
が、一顧にも値しなかつたらしく、むろん黙殺である。
 寂しかつた。急にウイスキーががぶ飲みしたくなつた。







與謝野 与謝野寛晶子与謝野鉄幹。詩人・歌人。本名は(ひろし)。生年は1873年(明治6年)2月26日。没年は1935年(昭和10年)3月26日。新詩社を創立し、「明星」を創刊。妻晶子とともに明治浪漫主義に新時代を開きました。
晶子 与謝野晶子。よさの あきこ。歌人、作家、思想家。生年は1878年(明治11年)12月7日。没年は1942年(昭和17年)5月29日。
一顧 いっこ。ちょっと振り返って見ること。ちょっと心にとめてみること

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