日本歓楽郷案内(5/5)

文学と神楽坂

 歡樂郷としての神樂坂は花街の外に、牛込館神樂坂日活館といふ二つの映畫館があるだけで、數年前までは山手第一の高級映畫館だつた牛込館も、現在では三流どころに叩き落されて了つた。尚ほ寄席の神樂坂演藝場だけが落語の一流どころを集めて人氣を呼ぶが、これとて普日のそれと比較すればお話しにならない。

 只、夏の夕べに最も喜ばれるのは外堀の一廓を占領した貸ボートである。

 朝の一漕は健康の基――なんて、考へやうによっては甚だ變に解釋できるスローガン掲げて旺んに若い男女を惹きつけてゐる。

 暗い隅つこの方ヘボートを寄せて、なにか甘い囁き耽つてゐる戀の男女に、わざと水を放ねかけて通る岡燒逹の悪戯も、夏の夕暮の状景としてはまことにふさわしい。

 ボートに乗る女學生――彼女たちの尻を追ふ中學生の多いのも、神樂坂景物の見迯し帰ない一つであらう。

歡樂郷:喜び楽しむ土地
花街:芸者屋・遊女屋などの集まっている町。色里。色町。かがい。
普日:せきじつ。過去の日々。往時。いにしえ
一廓:いっかく。一つの囲いの中の地域。あるひと続きの地域
一漕:船を1回こぐ。
旺ん:さかん。 盛んとも。勢いがいい様子
囁き:ささやき。私語。ささやくこと。また、その声や言葉
耽る:ふける。一つの物事に熱中する。夢中になる
岡焼:おかやき。自分と直接関係がないのに、他人の仲がいいのをねたむこと
見迯し:みのがす。迯は逃の俗字。見ていながら気づかないでそのままにする

牛込館
牛込館

左は都市製図社の『火災保険特殊地図』(昭和12年).右は現在の地図(Google)

牛込館は神楽坂5丁目から藁店を上がる途中の袋町にありました。昭和12年の地図(左)と現在の地図(右)とを加えると、リバティハウスと神楽坂センタービル2つを加えて「牛込館」になるのでしょう。なお、牛込館の南側にある(みやこ)館は明治、大正、昭和初期の下宿で、名前だけは聞いたことがある文士たちがたくさん住んでいました。

神楽坂日活館

『かぐらむら』に出た『記憶の中の神楽坂』「神楽坂6丁目辺り」には

武蔵野館は現在のスーパー「よしや」の場所にあった映画館。戦前は「文明館」「神楽坂日活」だったが、戦災で焼けてしまって、戦後地域の有志に出資してもらい、新宿の「武蔵野館」に来てもらった。少年時代の私は、木戸銭ゴメンのフリーパスで、大河内伝次郎や板妻を観た。

と書いてあります。なお、毎日新聞社『1960年代の東京-路面電車が走る水の都の記憶』(写真 池田信、解説 松山厳。2008年)で武蔵野館の写真が残っています。

神楽坂武蔵野間館

文学と神楽坂

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