行元寺の仇討ち

文学と神楽坂

 鈴木貞夫氏は「行天寺の仇討とその周辺」(歴史研究。平成9年9月)で、行天寺の仇討について詳しく論評しています。

   行天寺の仇討とその周辺

         鈴木貞夫

 天明三年(1783)十月八日午前十時頃、牛込神楽坂上の行元寺境内で敵討があり、冨吉は父の仇甚内を討ち取って本懐を遂げた。
 この事件について、『視聴草』は「牛込復讐」として、行元寺門前の町役人たちが奉行所に報告した文章を記載している。……

行元寺 ぎょうがんじ。神楽坂5丁目にあった寺。明治40年、品川区西五反田に移転。神楽坂アインスタワーの場所にあった。
本懐 ほんかい。もとから抱いている願い。本来の希望。本意。本望。
視聴草 みききぐさ。江戸後期の幕臣、宮崎成身が文政13年(1830)頃から30年以上にわたって、手もとにある資料や記録から作成した雑録。

         牛込行元寺内門前
          月行事 権九郎申口
一 今昼四時分.私店前にて年来二十七八歳罷り成り候百姓体の者、年来五十歳計りに相見え候体の男を親の敵と申し打懸り、脇差にて首を切り落し候に付き、右切り候者は留置き、名・住所相尋ね候へば、松平内匠知行下総国相馬郡早尾村百姓甚内と申す者の由申し聞き候に付き、五人組名主一同御訴え申し上げ候へば御検使下し置かれ候、御役知れず

松平内匠知行所      
下総国相馬郡早尾村   
百姓平蔵兄にて
当時小普請組門名孫市郎家来
戸ヶ崎熊太郎召使    
初太郎事
[現代語訳]今日、午前10時ごろ、私の店の前で、おおむね27,8歳になる百姓と思える者が、約50歳ぐらいの者に対して、親の敵だといってから、攻めかかり、脇差で首を切り落しました。この者を留置して、氏名、住所を尋ねましたところ、松平内匠が領知する地域で、下総国の相馬郡早尾村の百姓である甚内だと言いました。五人組名主は一同訴え、調べをしないと、わからないと考えます。

月行事 月々交替で組合などの事務を取る役
申口 もうしぐち。言い分。申し立て。幕府の訴訟制度で、当人が幼少や女子などの場合に当人に代わって問答した者。
昼四 ひるよつ。今の午前10時か午後10時ころ。よつどき。
年来 としごろ。ねんらい。見た目や声の調子などから大体の年齢。
打懸 うちかかる。武器などで相手に攻めかかる。攻撃する。
留置 りゅうち。家へ帰さないでとめておくこと。
内匠 たくみ。宮廷の工匠。
知行 幕府や藩が家臣に俸禄として土地を支給したこと。土地の支配権を与えること。
下総国相馬郡 しもうさのくにそうまこおり。明治11年の相馬郡は茨城県北相馬郡利根町、守谷市、我孫子市、取手市・常総市・龍ケ崎市・つくばみらい市・千葉県柏市の一部。図でA7。
早尾村 茨城県八千代町結城郡。
下総国
五人組 江戸時代に近隣の5家が1組に編成された連帯責任の組織。
検使 江戸時代、殺傷・変死の現場に出向いて調べること。また、その役人。
御役 おやく。役目の丁寧語。義務としてやむをえずやる仕事。役として果たさねばならないつとめ。
知れず わからない。勤めは終わったのか、わからない。
小普請 こぶしん。江戸時代、禄高三千石未満の旗本・御家人のうち、非役の者の称。

 以下は冨吉の言い分です。

冨吉申口(中略)

四五日以前所用これ有り、牛込赤城辺へ罷り越し候節、甚内をふと見掛け候処、私幼年の時分見候儘聢と見極め候内見失い候に付き.いづれこの辺に罷り有るべく存じ奉り、今昼四時分、当町内罷り越し候処、甚内を見掛け侯に付き、元同村甚内にてはこれ無きやと相尋ね候へば、その方は何者の由申すに付き、庄蔵伜冨吉の旨申し聞け、甚内御当地の居所相尋ね候上御願い申し上ぐべきと存じ、甚内へ相尋ね侯へども一向聞き申さず、帯び候刀を抜き候て威し、逃げ去り申すべき見請け侯に付き、取逃がし候てはまたぞろ尋ね当たり候も計り難く、止むことをえず私も帯び仕り候脇差を抜き、親の敵覚えこれ有るべき旨申し、甚内と打合い、右刀を打落とし候へば、甚内内門前の方へ逃げ入り候に付き、引き続き追かけ候処、脇差を抜き候に付き、手首へ打掛け恢へば脇差を捨て、うつぶしに相成り候に付き、首打落とし、私懐中より親の戒名取出し、右へ手向け候節、町役人ども立合い相尋ね侯間、右始末申し聞け候儀に御座候、親庄蔵口論の節は内済に及び候儀故、いずれへも御訴え申し上げず候、私敵打御願い申し上げ候上にて打留め中すべき処、その儀これ無く、右申し上げ候通り甚内居所相糾し候上御願い申し上ぐべく存じ奉り候処、差掛かり止むことをえず、右体に及び候段、甚だ恐れ入り存じ奉り候、何分御慈悲願い上げ奉り候、右体達し候上は何様御咎を蒙り奉り候とも後悔は仕らず候

[意訳]四、五日前に、所用があって、牛込赤城周辺に行きましたが、思いがけずに甚内を見かけました。私は幼年の時に甚内を見ただけで、もっとはっきりと見極めようとしましたが、見失いました。どうせあの辺りにでてくると思っていましたが、今日の午前10時ごろになって、甚内はこの町内に顔を出し、見かけたので「昔、同じ村に住んでいた甚内ではないのか」と尋ね、「その方は誰だ」といわれ、「庄蔵の倅の冨吉だ。よく聞け。おまえの居所はどこか」と、甚内に尋ねましたが、一向に聞く耳を持たず、かわりに帯刀を抜き、おどして、逃げる体勢になったので、ここで逃がしてはまた同じだと思い、やむなく私も脇差を抜き「親の敵だ、覚えていろ」といい、甚内と打合い、甚内の刀を打ち落とし、内門の前の方へ逃げていきました。追いかけ、脇差を抜き、手首をたたくと、甚内は脇差を捨て、うつぶせになったので、首を取り、ふところから親の戒名を取り出し、甚内のほうに向けました。町役人も立ち会って聞いていましたが、このいきさつを言いきかせました。親の庄蔵は口論の時に内々で事をすませ、訴状もなく、私の敵は殺すべきだといいましたが、これ以上のことは何もなかったのです。甚内の居所をただしてほしいといっていました。この件があり、やむをえず、殺した次第です。はなはだ恐れ入りますが、なにぶんともお慈悲をお願いたく、どんな処罰でも受ける覚悟ですが、後悔はありません。

罷る まかる。「行く」の謙譲語。
聢と しかと。確と。しっかりと。確かであるさま。
 縦書きの文章でそれより前の部分。それより前に記してある事柄。
これ無きや これしかないのでは。
申し聞かせる もうしきかせる。よくわかるように教えさとす。説教するす。話して聞かせる。
帯びる 身に着ける。腰に下げたり巻いたりする。
威す おどす。脅す。嚇す。相手を恐れさせる。脅迫する。おどかす。
 てい。体。態。外から見た物事のありさま。ようす。
見請ける みうける。見受ける。見かける。目にとまる。見てとる。見て判断する。
 ぎ。道理。条理。
脇差 わきざし。近世、町民などが道中のときに護身用に腰に差した刀。武士の大刀と小刀の中間の長さ。道中差し。
 人名や人代名詞などに付いて「に関しては」の意味を表す。
打掛ける うちかける。相手に向けて銃砲などを発射する。
うつぶし 「うつぶせ」に同じ。顔を下向きにして横たわること。
懐中 かいちゅう。ふところやポケットの中。そこに入れること。
戒名 仏式で、死者に僧侶がつける名前。
始末 いきさつ。顛末てんまつ
内済 ないさい。表沙汰にしないで内々で事をすませること。
打留む うちとどむ。戦って殺す。しとめる。
糾す ただす。物事の理非を明らかにする。罪過の有無を追及する。
差掛かる さしかける。他のものを覆うように差し出す。
達す たっする。ある場所に行き至る。到達する。物事を成しとげる。達成する。
何様  なにさま。だれかわからないが、偉い人。高貴な人。
御咎 おとがめ。江戸幕府の刑罰体系上、手鎖、叱などの身分の動かない軽微な犯罪に対する刑。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください