最新東京繁昌記|伊藤銀月

文学と神楽坂

 伊藤銀月氏が書いた「最新東京繁昌記」(内外出版協会、明治36年、1903年)の牛込区です。
 氏は評論家・小説家で、生年は明治4年10月21日。秋田中学中退。「よろず(ちょう)(ほう)」の記者でした。没年は昭和19年1月4日、73歳でした。この文章は32歳に書いています。ほかの区には悪口いっぱいで、牛込区はまだいいほうです。
 

まず、現代文に直してみます。

その7。夏のような風

 四谷は麴町と親しく、小石川は本鄕といい関係があるが、牛込区だけは他の区と親しくしていない。神楽坂は牛込区の目になっている。目がキラキラしていないと東京っ子の目ではない。神楽坂は肥えていて、お尻も大きな女性が、帯が解けてもわからず、街にいるようなものだ。神楽坂をぞろぞろ登ってくるのは、髪を西洋風に組み、帽子をもってくる西洋風の人が多い。
 牛込区の気風。
 神楽坂は牛込衆が展覧場にいるようなもので、牛込衆は自分を陳列しようとしてここに集合してくる。なお、牛込ッ子という言葉はどうもおかしい。牛込人や牛込者というも何か臭くて、面白くはない。牛込衆というのは穏便で、これが一番よかろう。
 旦那、続いて細君、それから子供、最後に下女がゾロリゾロリと牛込風に歩くと、ゆっくり歩くので、下駄の摩耗も一種違う。この区の人間ほど悠々と暮らし、生活も困っていないと見えるが、しかし、必ずしも暇は多くはなく、生活も困っている場合もある。そう見えないのは牛込風の気風だ。
 牛込区には、いつでも夏の初めに似たなまぬるい柔かい風が吹いてくる。この風に吹かれて麦の穗を出すように、髯が生えそうな先生がいる。つきたての餅に目鼻を書いたように、手でなでると消えような笑顏の令嬢もいる。
 神楽坂の芸妓が鳴らす三味線の音は、雨が降ってくるようだ。牛込には神楽坂の芸妓がいて、麹町には富士見の芸妓がいる。富士見の芸妓は蒔いた種に肥やしをふりかけ、芽になったものだが、神楽坂の芸妓はどぶばたにこぼれた種が自然にふやけて、芽になったものだ。つまり、同じように土臭いが、神楽坂の芸妓は、より自然で、より詩趣がある。
 士官学校や監獄署もある市ケ谷は、牛込の布地に一層粗い模樣を染め出したものだ。牛込では座布団を出るが、市ケ谷は敷布団に出す以外に方法はない。
 根岸は下谷の別の区域で、根津は本郷の別の区域であり、早稲田は牛込の別の区域に似ている。しかし実際には極めて異なり、別の区域ではなく「新牛込」である。神楽坂の繁華は早稲田の趣味に伴くように、早稲田の将来には神楽坂の趣味の繁華があるようだ。
 WindowやMacでは下の黄色の文字の上で1~2秒ポインターを動かさない場合に吹き出しが出てきます。残念ながらiPodでは出てきませんので、最後に同じ文章を書いておきました。
 
 其七 夏の初の如き風(牛込區)
  四谷は麴町と親しく、小石川は本鄕と交り好し。獨り牛込は誰とも親しからず。
神樂坂は牛込の眼也、眸に張りの無きは東京ッ兒の眼にあらず。
神樂坂は、肥つて御尻の()()つた女が、帶の解けたを知らずに往來を引きずつて居る形也、ソロ/\と登るものは、束髪帽子の蟻。
牛込ッ子にあ
らず牛込衆

牛込的氣風

神樂坂は牛込衆の展覧場也、牛込衆は己れ自身を陳列すべく此處に集合する也。牛込ッ兒と云ふは無論當らず、牛込人或は牛込者と云ふも何か臭ひがありさうに聞こえて面白からず、牛込衆と云ふの穩なるに如かず。
旦那とさうして細君、さうして子供、さうして下女、ゾロリ/\と牛込的に歩く也、牛込的下駄の()りやうは一種別也。此區の人間程悠々緩々、(ひま)(おほ)生活(くらし)困らなさゝうに見ゆるは無し。必ずしも暇多きにあらず、必ずしも生活(くらし)に困らざるにあらず、()か見ゆるは牛込的氣風也。
牛込には、何時(いつ)も夏の初めの如き生温(なまぬる)く柔かき風吹けり。此風に吹かれて麥の穗を出すが如く、髯の芽生(めば)()でゝ()はれさうな先生あり。()きたての餅に目鼻を惡戯(いたづら)()きしたるが如く、手で撫でれば消えさうな笑顏(えかほ)令嬢あり。
()神樂(かぐら)藝妓(げいしや)の三味線の音、雨を喚びさう也。
牛込に御神樂藝妓あるは、麹町に富士見藝妓あると異なれり。富士見藝妓は蒔いた種に(こや)しを施して芽を吹かせしものなれども、御神樂藝妓は溷端(どぶばた)にこぼれた種の自然にフヤケて芽を吹きしもの也。同じく土臭しと雖も、御神樂藝妓は、より自然的にして、より詩趣を帶べり
士官學校及び監獄署を圍める市ケ谷は、牛込の布地(きれぢ)に一層(あら)き模樣を染め出したるもの也。牛込は座蒲團に供すべきも、市ケ谷は(しき)蒲團(ぶとん)に用ふるの外無し。
根岸が下谷の別區域なる如く、根津が本鄕の別區域なる如く、早稲田は牛込の別區域なるに似たり。而も其實は大にそれらと異なり、別區域にあらずして新牛込也。神樂坂の繁華が早稲田趣味を帶ばしめらるゝが如く、早稲田の將來に神樂坂趣味の繁華を開かんとす。

眸に張り ひとみ。開いた眼。 「張り」はひきしまって弾力がある。
肥つて御尻の出ッ張つた女 肥えていて、お尻も大きな女性が、だらしなく、街にいるという意味。 これでどうして神楽坂になるのでしょう。悪口でしょうね。しかし、ほかの区も相当ひどいと思います。
束髪 西洋婦人の髪形を真似して、 明治時代に上流階級の女性で登場した髷の一群。br />  多くの人
帽子 明治27~8年ごろ、帽子も流行しました。 西洋風にかぶれた人が多かったのでしょう
牛込衆 牛込ッ子、牛込人、牛込者はどれもだめ。牛込衆がいいのかなあ……と考慮中。『「牛込ッ子にあらず牛込衆也」と牛込の住人の気質を表現するなど、当時の様子には心惹かれるものがある』と『立壁正子の仕事』(「立壁正子の仕事」をつくる会、平成14年)では説明します。実際はどの区も皮肉いっぱいです。
下駄 ゆっくり歩くので、下駄の摩耗も著しい。
困らなさゝうに見ゆるは無し 悠々と暮らしもよさそうな人が 神楽坂で多そうだといっています。
先生 髯が生えそうな先生。 悪口にも聞こえる用語です
令嬢 「餅に目鼻を悪戯書きする」のは悪口で、 「笑顔の令嬢」は賛辞です。
土臭し これは皮肉
御神樂藝妓は、より自然的にして、より詩趣を帶べり これは賛辞
牛込は座蒲團に 牛込が高級の座布団、市ケ谷は三級の敷き布団 ……どうしてこう区別するのか不明ですが 市ケ谷よりも牛込がいいと思っているのはわかります。
新牛込 早稲田は新牛込といったほうがいい。 この時代、早稲田の住宅が急速に増えていました。

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