すずらん通り(写真)

文学と神楽坂

 本多横丁はかつて「すずらん通り」といっていました。記憶に頼ると、巨大なアーチ看板もあったと思います。しかし、写真はない。本当にない。そこで新宿歴史博物館に聞いてました。なんと「すずらん通り」がはいった写真は1枚だけで…

昭和20年代。新宿歴史博物館蔵

しかもピンボケ。でも電柱2本に「すゞらん」と書いてある。

すずらん通り(拡大図)

 ちなみに、下水はこの時点で汲み取りのおかげで、きれいでした。

 新宿歴史博物館はもうひとつ写真を貸してくれました。

 こちらは2階建ての家が少ないことから、時代は少し早く、まだ「すゞらん」と書いていません(と思う)。また、昭和20年代の本多横丁の街灯は、昭和30年代に神楽坂通りで見た街灯(↓)とは少し違っています。

昭和34年。坂下から坂上を見る。『目で見る新宿区の100年』(郷土出版社、2015年)

 まず地図を見ておきます。これは昭和27年の地図です。中央は本多横丁で、一番下は神楽坂通り。

本多横丁(火災保険特殊地図 都市製図社 昭和27年)

 その次は昭和35年の住宅地図しかありません。これは左に神楽坂通りがあり、真ん中が本多横丁です。

住宅地図。昭和35年

 神楽坂通りに近い場所から写真を撮ったもので、では左から…(図は拡大できます)

1.「う」でしょうか? おそらく「うなぎ」で、「たつみや」
2.「中村屋本店」。戦前からある染め物と洗い張り屋。京染(きょうぞめ)とは京都で染めた、また京都風の染め物の総称。
3.「めん類食堂」。海老屋そばでしょう。
4.「松月」?。この時代は明月堂ではなかった。
 では右側に移って
5.「㐂らく寿司」でしょう。現在もあります。
6.「神楽坂グリル」?
7.「す」だけがわかります。
8.「魚鶴」だといいのですが、違うなあ。しかし、ひさしがある点で、魚屋でもいい。地元の方は「『うを鶴』または『魚▲鶴』(▲は屋号のマーク)と読めそう」といっています。
9.「パーマネントみすず」
10.「飯田橋 犬猫の診療所」の場所は不明です。
11.何か書かれています。濁点(゛)だけがわかります。
12.3文字ぐらいのおそらくカタカナも不明です

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