石川啄木はこう書いています。
明治41年10年29日 啄木の日記から。 北原君の新居を訪ふ。吉井君が先に行ってゐた。二階の書斎の前に物理学校の白い建物。瓦斯がついて窓といふ窓が蒼白い。それはそれは気持のよい色だ。そして物理の講義の声が、琴の音や三味線と共に聞える。深井天川といふ人のことが主として話題に上った。吉井君がこの人から時計をかりて、まだ返さぬので怒ってるといふ。 |
深井天川 ほとんどわかりません。詩人、小説家で、新詩社脱退事件の1人でした。
この「物理の講義の声が、琴の音や三味線と共に聞える」については、北原白秋氏は詩集『東京景物詩及其他』の「物理学校裏」でこう描いています。
物理学校裏Borum. Bromun. Calcium. |
Borumの1行 ラテン語で金属元素のホウ素。次は正しくはbromumで臭素。カルシウム。
Chromiumの1行 クロム、マンガン、カリウム、リン
Bariumの1行 バリウム、ヨード、プラチナ、水素
Sulphurの1行 硫黄、 塩素、ストロンチウム
日が暮れた、淡い銀と紫―― C2H2O2N2+NaOH=CH4+Na2CO3………. |
棕梠 シュロ。普通のヤシのこと。写真は…
花穂 かすい。穂のような形で咲く花のこと。ススキ、エノコログサ、ケイトウなど
聚団 しゅうだん。聚は「しゅう」か「じゅう」で、「多くのものを一所に集める」
黄 九州で「黄色」のことを「きな」と呼びます。黄粉もそう。
沃土ホルム ヨードホルム。殺菌剤などに使う。
亢奮 興奮/昂奮/亢奮は物事に感じて気持ちが高ぶること。 刺激によって神経の働きが活発になること
C2H2O2N2・ 正しくはCH3COONa(酢酸ナトリウム) +NaOH(水酸化ナトリウム)→CH4(メタン)+Na2CO3(炭酸ナトリウム)
ムウド ムード
くもりガラス すりガラス
メタン 燃料用のガスになります
東京物理学校 現在の東京理科大学
Tîn ……tîn……tîn. n. n. n……tîn.n …… 静かな悩ましい晩! |
Tînの1行 琴の音でしょうか
コルタア コールタール。トタン屋根の塗料として使う
Lamp ランプ
胡瓜と茄子 キュウリとナス
汽笛が鳴る……四谷を出た汽車のCadenceが近づく………… 暮れ悩む官能の棕梠 そのわかわかしい花穂の臭が暗みながら噎ぶ、 歯痛の色の黄、沃土ホルムの黄、粉つぽい亢奮の黄。 |
Cadence (詩の)韻律,リズム。(朗読の)抑揚、 (楽章・楽曲の)終止形。楽曲の終わり特有の和声構造。汽車が停まる音でしょうか。
寂しい冷たい教師の声がきこえる、そして不可思議な………… そこここの明るい角窻のなかから。 Sin……, Cosin…….Tan……,Cotan…….Sec……,Cosec……. etc …… Ion. Dynamo. Roentgen. Boyle. Newton. Lens. Siphon. Spectrum. Tesla の火花 摂氏、華氏、光、Bunsen. Potential. or, Archimedes. etc, etc………… 棕梠のかげには野菜の露にこほろぎが鳴き、 無意味な琴の音の稚なびた Sentiment は 何時までも何時までもせうことなしに続いてゆく。 汽笛が鳴る……濠端の淡い銀と紫との空に 停車つた汽車が蒼みがかつた白い湯気を吐いてゐる。 静かな三分間。 |
角窓 カクマド。四角形の窓
sinの一行 サイン、コサイン、タンジェント、コタンジェント、セカント、コセカントで三角関数です
ionの一行 イオン、発電機、レントゲン、ボイル、ニュートン
lensの一行 レンズ、サイホン、スペクトル、テスラ(磁束密度の単位)
Bunsenの一行 ブンゼン、電位、アルキメデス
Sentiment センチメント。情緒,情操
せうことなし しょうことなし。すべき手段がない。しかたない
悩ましい棕梠の花の官能に、今、 Neon. Flourum. Magnesium. |
メランコリイ メランコリー。落ち込んだ気分
Passion パッション。情念, 感情, 激情, 熱情
Neonの一行 ネオン、ラテン語のfluorumが正しくフッ素、マグネシウム
Natriumの一行 ナトリウム、ケイ素、酸素
Nitrogeniumの一行 窒素、カドミウム、スチビウム