紀の善の閉店(令和4年)

文学と神楽坂

地元の方からです

 すでに他の記事にもあるように、神楽坂下の紀の善が閉店しました。顧客にも商店会にも予告しない突然の発表でした。
 コロナ禍でも売店の行列が途切れたことはなく、店もずっと繁盛していたように見受けられます。シャッターを下ろした時は「設備改修で10月末まで休業」と貼り紙してありました。普通の改修で1カ月も休むことはないので不思議に思われていました。
 貼り紙が「閉店」に切り替わったのは10月17日頃です。公式ウェブサイトの発表の方が少し早かったようです。もし予告していたら閉店間際に押しかけた客で混乱が起きていたでしょうから、賢明だったとも言えます。

紀の善閉店告知-

 閉店の理由は当事者しか知りません。ただ地元では2つのことが言われています。

1)高齢の店主に後継者がいなかったこと。

2)紀の善の土地が借地であったこと。東京では借地契約の更新時に「更新料」を求められます。紀の善が旧店舗をビルに立て替えたのは30年ほど前です。推測にすぎませんが、最近の土地価格高騰で更新料が予想を上回った恐れがあります。土地を持たない老舗は、どうしても世の中の変化に弱いのです。

 紀の善の脇の路地である神楽小路には再開発の動きがあります。2020年に解散した「神楽小路親交会」は理由のひとつに「私たちの地域における地上げの影響」をあげていました。これも何か関係しているかも知れません。
 多くの人に長く愛された紀の善は、まぎれもなく神楽坂の顔でした。

TV「気まぐれ本格派」(1977)第4話 建て替え前の紀の善店内

建て替え後の紀の善店内 1階

紀の善の閉店(令和4年)」への5件のフィードバック

  1. 藤原

    何度か神楽坂を訪れていつも閉まっているので、やっと気がつきました。せめて店主の技を何処かに受け継げないのでしょうか。とても悲しいです。いつも繁盛していたので、閉店するなんて夢にも思わなかった。学生時代からみんなで訪れた場所で、家族も全員ファンでした。

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  2. みかりん

    遅ればせながらさっき閉店したことを知りめちゃくちゃショックです。
    来週東京に行くから絶対寄って持ち帰り買おうと考えていたのに。せめて従業員のどなたかに味を引き継いだりしてくれたら。
    試行錯誤しながら自分で作ってみて住む街にも広めたい!全部は無理だけどあの抹茶ババロアは、格別だった。デパートで販売とも記事は書いてあるが今もしているのやら。デパートに電話して聞いてみようと思う。
    店はなくなっても今はネット販売だけでも売れる時代だからあの味はなくさないでほしいなぁ。

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  3. 女子高生だった私は、学校帰りの寄り道といえば紀の善さんでした。大人になっても飯田橋や神楽坂を訪れた際は、紀の善さんで甘味を楽しみました。ホッとできる大切な場所が無くなってしまいました。悲しみが溢れてきました。時は流れているんだな、としみじみ思いました。ちっぽけだけど、私の大切な鮮やかな思い出の中には、紀の善さんがいます。ありがとうございました。

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  4. 山口

    生前、母と整体の帰りに「紀の善」さんに伺い、毎回、ご主人が吟味された材料一つ一つの、熟練した餡の光沢や寒天の歯ざわりを確かめながら、甘味と会話を楽しませて頂いた数少ない思い出のお店でした。本年初めでしたか?、今年こそ「紀の善さん」に伺いたく、念の為ネット検索した所、突然〘閉店〙の文字、ショックでした「しまった!」と。あの厨房でのご主人の手際よい身のこなしや女将さんの手慣れたお客さんへの対応など、懐かしくお二人の姿が目に浮かびます、私も病いと戦い、お二人のお身体の事が気にならない訳ではありませんでしたので。コロナだけではなく私達を取り巻く環境や生活から、勢いよく様々なものが変えられていってしまう事に、腹立たしく悔しく思うのは「贅沢」なのでしょうか?!。
    どんなに時代が変わっても、日本の四季の中で「人」が人として生活を楽しみ人生を生きる事が出来る歩調こそ、大切にしてゆかねばならないのでしょうが。

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  5. 向井真理子

    神楽坂に行くと必ず紀の善に行ってました。粟ぜんざいの味がとても美味しかったのでもう食べられなくなりとても残念です。

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