生方敏郎氏の『明治大正見聞史』(春秋社、大正15年)の「明治時代の学生生活」です。牛屋の「いろは」に対抗して、同じく牛屋の「いろけ」が神楽坂6丁目の昔の郵便局のあたりに出ていたようですが、地図はなく、不明です。
明治時代の学生生活 一般の人々、わけても学生がよく行った食物屋は牛屋であろう。いろはというのが殊に名高く到るところに支店を持っていた。いろはに肖せていろけというのが有った。或は私の身損こないかも知れないが兎に角いろけと記した招牌をかかげた牛屋が有った。牛込神楽坂の今の二等郵便局のあたりにも三階建のいろけが日露戦争後まであったと記憶する。 前よりは高く成ったと人々は言っていたけれども、それでも食盛りの学生が三人で行って酒を少々飲んでも1円50銭もあれば払いに差支えることはなかった。 西洋料理は牛屋と較べて数も遙かに少し、また繁昌しなかった。一品料理屋というものはなくたまたま洋食店があればまず堂々としたもので、また私達、客は自分の好きな物だけ二三品取って食事するというような事も知らず、万事不馴れで、少さく大人しくしていた。ボーイの運ぶままに必ず定食を食べねばならぬように思っていたから、その上エチケットを無視するほど大胆でもなかったので、誰も洋食の卓に向う事を多少億劫がる傾があった。完食は1円か1円20銭位で幾皿も選ばれ、私などには何うしても一人前の定食は食べきれなかった。近年万事気が利いて来て、胃袋の小さい日本人に対し西洋人並みの分量を供給して困らせるという事がなく成った。家に依って気が利きすぎて定食だけではとても腹に足らず、出てから又何か食べ直すことが珍らしく無いが、以前には多量のために困惑させられたものなのだった。時代と共に何も歟もちがう。面白いものではないか。 |
牛店 うしみせ。明治時代に牛肉料理を提供する料理屋。牛肉屋。牛鍋屋。
肖せる あやかせる。肖る。あやかる。感化されて、同様な状態になる。似る。
身損こない みそこない。見そこなう。見あやまる
兎に角 とにかく。他の事柄は別問題としてという気持ちを表す。何はともあれ。いずれにしても。ともかく。
招牌 しょうはい。看板のこと。
二等郵便局 明治19年(1886)に制定。一・二等郵便局は国直営、三等郵便局は地域の名士等の郵便局。昭和16年(1941)、一〜三等の等級制は廃止。
定食 食堂・料理店などの献立で、その料理数点を予め決めている。
億劫がる おっくうがる。めんどうで気が進まない。
依って よって。 原因・理由を表す。…ので。…ために
何も歟も なにもかも。一切のもの全部。どれもこれも。すべて。終助詞「歟」は「か」「や」と読む。