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島田清次郎4|昭和文壇側面史|浅見順

文学と神楽坂


島清と書肆の細君

 さて、ぼく達が聚英閣の座敷に通ると、友人は急に明るい顔になって、対座していた島田清次郎を紹介した。すると、清次郎はおずおずしながら、じつに慇懃に挨拶した。噂に聞いていたのと、まるで反対だった。まことに意外な気がした。と、そこへ、聚英閣の細君が茶と塩せんべいをもって現われた。まずぼく達へ茶をくばって、一ばん最後に清次郎の前へ茶碗を押しやり、“あんたなどにお茶を飲ますのは勿体ないが、皆さんのおつきあいで振舞うのよ。有難くお思いなさい”と、さも軽蔑しているように頭ごなしにいい、それからぼく達のほうを振り返って、“この人って、そりゃあ、おかしいのよ。交番の前を通れないのよ。そして、お巡りに出くわすと、 ペコペコ頭ばかりさげてるの。見られたさまじゃあないのよ” そういって、またもや清次郎に、“あんた、どうして交番がおっかないの。悪いことしてなきゃあ、大手を振って通れるじゃあないの。それとも、また何か悪いことしてるの。そんな、交番の前を遥れない人、うちなんかへ来て貰うのは迷惑よ”と、畳みかけるようにいった。
 清次郎はしかし、暗い顔に卑屈な笑いを浮かべながら、二ヤ二ヤしているばかりだった。後で考えてみると、その時すでに早発性痴呆の徴候が出ていたらしかった。が、いずれにしても、正視しておれぬ場景だった。
 ぼくは聚英閣の細君を無視して、友人に勝手な話をしかけた。そして、偶〻、すこし前に英訳本で読んで感心したアンドレーフの「犬のワルツ」という戯曲の話をしだした。すると、清次郎か急に話の中へはいって来て、“それ、ぼく、ニューヨークで見ました。ニューヨークの何とかいう、新しい芝居ばかりやる小さな劇場で見ましたよ”と口を挾んだ。“なんだか薄気味の悪い芝居でしたよ。赤ヅラした男がこんな風に手を伸ばして、しまいにおどりながらピストル自殺するんです” 清次郎は肩の上に両手を差し伸べて互い違いに振りかざしながら、身慄いでもするように、本当に気味悪かったような表情を漂わせていった。
 島田清次郎が精神病院に収容された話を聞いたのは、それからまもなくだった。


書肆 しょし。書店。本屋。
慇懃 いんぎん。真心がこもっていて、礼儀正しいこと
早発性痴呆 現在は「統合失調症」です。「若い時期に発症する痴呆」が原義で、少し前までは精神分裂病と呼びました。
アンドレーフ レオニド・アンドレーエフ。 Леонид Николаевич Андреев。ロシア第一革命の高揚とその後の反動の時代に生きた知識人の苦悩を描き、当時、世界的に有名な作家に。
偶〻 たまたま。時おり。時たま。たまに
犬のワルツ 『埴谷雄高作品集 2 短篇小説集』では「その戯曲の最後の幕切れで、劇の主人公は表題になつている《犬のワルツ》を静かにピアノでひいて隣の部屋へはいつていつてしまうと、無人の舞台の空虚な数秒間が過ぎたあと、隣の部屋から不意と短銃の音がにぶくきこえてくるのであつた。」
精神病院 大正13年(1924年)7月31日、島田清次郎は25歳、巣鴨の「保養院」(現都立松沢病院)に強制入院します。