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疑惑|近松秋江

文学と神楽坂

近松秋江全集 第一巻。

 何か面白いことはないかと図書館で調べると、中谷吉隆氏の『神楽坂Story』(清流出版、2006年)に「神楽坂界隈が登場する明治・大正文学作品」がありました。明治、大正で神楽坂界隈を描く文学作品をリストでまとめたものです。中に近松秋江氏の小説、『疑惑』がすごい。なんと『疑惑』の中に赤城、赤城元町、矢来町、神楽坂の文言がきちんとはいっているのです。図書館で『近松秋江全集 第一巻』を借りて、調べてみました。『近松秋江全集 第一巻』の本はこの通り、典雅な、上品な本です。
 では本の内容は。ううううむ。この『疑惑』は、氏が書いた『別れたる妻に送る手紙』と全く同じ内容で、明治44年に別れた妻を捜す小説です。初版は大正2年。若い男性の篠田が妻と一緒に駆け落ちして、日光に行き、それを発見し、恨み言がこれでもかこれでもかと出てくる小説でした。しかも、ひとつひとつの土地の言葉は、ほんの一語ぐらいしか出てきません。なお、下の最後の文章は妻が喋る文章です。

 日光に行く旅費としてまた五円の金を拵へるに、頭が全然(すつかり)疲れて乱れ
てゐるから、三日も四日も掛つて僅かに十枚ばかりのつまらぬ物を書い
て、それで懇意な本屋の主人に拝むように言つて貸して貰った。
 さうしてそれを借りると、直ぐその足で、神楽阪の雑誌屋の店頭(みせさき)で旅
行案内を繰つて見て、上野のステーションに行つて、三時何十分かの汽
車に乗つた。それは五月の四日だつた。

 遣る瀬のない涙が(まなこ)(にじ)んだ。それでも私は、『草を分けても探し
出さずに置くものか。』と矢来の婆さんの処で、何度も歯を喰ひしばつ
た決心を、夕暮方の寒さと共に、ます〳〵強く胸に引締めて、宿屋に着
いて、夕飯を済ますと、すぐ(日光)警察署に行つた。

 その通り手帳に写し取らうと思つて尚ほよく見ると、宿処といふ処に、
『東京牛込区若松町何百何十何番地』
と書いて、二人一(ところ)にゐたらしい。見るに付け〳〵残念で堪らない。

 若松町にゐた時分のことが思はれてならぬ。篠田の奴二十(はたち)や二十一の
癖に、ひどい、酒の好きな奴だつた。
『こんな大きな家に入つて、詰らない。赤城で拾円の家賃さへ困つてゐ
たのに、貴下月々出来ますか。もう此度私に借金の言ひ訳をさしたら、
私はもう貴下の処にはゐませんよ。』



 ある地域を巡って回想や思い出などを一杯にして話す小説や随筆もあります。しかし、その地域の名前は出るけれどまたたく間に消えるものもあります。これも後者の方で、「神楽坂」を「上野」や「新宿」に変えても何の問題もありません。

 なお、若松町はとてもとても大きな場所です。何度か町や村の合併を繰り返し、女子医大など含む巨大な町になっていったようです。戦時中では陸軍が大きな場所を占めていました。下の図は若松町です。若松町