石畳|神楽坂|見返し横丁

文学と神楽坂

 ピンコロ石畳を使った(うろこ)張り(扇の文様)舗装は神楽坂通りの南側は2つ、北側は数個あります。

 ここでは神楽坂通りの北側の石畳です。

本多横丁」の1つ、見返し横丁です。

見返し2

石畳と見返し横丁2

 見返し横丁の後ろから本多横丁を見たものです。右手に見えるものが東京理科大学の施設です。右をよく見てみると、新しい路地の表面が東京理科大に添ってあるですが、しかし一見しただけでは昔から全く変わっていないようにつくっています。


石畳と見返し

 また下水道があるのですが、この上はまったく外と違っていません。「みなし道路」を作る場合にもっとも綺麗な道路です。どうしてここは外と違って綺麗なのか? 不思議ですが、右の建物が理科大なので、そこが違うのでしょうか。

 2016年、法政大学デザインエ学部建築学科岡本哲志研究室の「東京のストリート景観と路地空間」(発行は法政大学エコ地域デザイン研究所)では……。

 1945年3月と5月にあった東京大空襲では、残念ながら神楽坂一帯は焦土と化してしまう。先に検証した花街の立地変化を視野に路地を見ていくと、幾つかの路地が失われ、あるいは新たに誕生する変化を確認することができる。注目したい路地は、見返し横丁と呼ばれる路地である。この路地は現在袋小路の行き止まり路地である。先に述べた花街の変化によって、路地も変化した。

石畳とマンホール

文学と神楽坂

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