同じく神吉拓郎がもうひとつ『たべもの芳名録』(1984年、新潮社)でカツソバについて書いています。
種もののなかの異色で、これは喰える、というのを、一つだけ紹介したくなった。 カツソバ、というやつである。 そういうと、ソバ好きは、みんな恐しそうな顔をするけれど、これは食べてみなくちゃわからない。 カツソバの通にいわせると、それも、“冷やし”に限る、という。 何度か食べてみると、なるほど、その通り。 要は、やや冷たいかけソバの上に、庖丁を入れた薄いカツが乗っているだけの話なんだが、カツとツバとツユの間に、実に微妙な調和かあって、これがバカにならない。 だいたい、その蕎麦屋は、ソバもツユも、ちゃんとしてるから、そんな冒険も出来るんだろうと思う。 そのカツの方も、その店の売りもので、カツ丼や、カツ丼のわかれをせっせと食べている客も多い。 お察しのように、ごく気安い蕎麦屋で、値段も安い。 飯田橋から神楽坂へかかって、すぐの左側、翁庵。くれぐれも申し上げますが、カツソバは、“冷やし”に限ります。 |
なお、「カツ丼のわかれ」とは、丼飯にカツを乗せないで、鍋のまま提供するものだそうです。丼飯とカツが別れているので「別れ」。同じ料理を、カツ鍋、カツとじ、カツ煮、カツ皿などとも言われているそうです。