稲垣足穂氏の『白昼見』の1部です。昭和23年に書かれた自伝的な作品で、前半は「新潮」に、後半は「思潮」に出ています。ここで扱う時間は昭和12年5月ごろ。氏は牛込区横寺町37番地の旺山荘アパートに移りました。
五月上旬になって、山上二郎の下宿から電車道をへだてた高台に、やっと自分の居場所を定めることが出来ました。衣巻の住いで書いた短篇が売れたことがありましたが、百円など何の役に立つかとわたしは思っていたので、二日間で費いはたしてしまいました。そこで、改めて、旧知の江戸川乱歩に金三十円を無心し、ほかに玉虫色の背広と夜具の上下の寄附を受けました。こんなことで落付けるものならば、先の百円があればなんだって出来る、そういうことが判りましたが、かと云って、この次の百円は分けて使おうなどとは、わたしは勿論考えませんでした。 |
山上二郎 同じ頃、牛込北町の4畳半に下宿をしていた男性だとはわかっていますが、それ以上は不明。
電車道 現在の大久保通り
高台 当時の稲垣氏の住所は牛込区(現在は新宿区)横寺町37番地でした。
衣巻 衣巻省三。きぬまきせいぞう。詩人、小説家。同級生の稲垣足穂と一緒に佐藤春夫の門下生に。昭和10年、小説「けしかけられた男」で第1回芥川賞候補。生年は明治33年2月25日。没年は昭和53年8月14日。享年は満78歳。
無心する 遠慮せず物品や金銭をねだること。
縄のれん 縄を幾筋も結び垂らして作ったのれん。店先にこののれんを下げたところから、居酒屋や一膳飯屋
旧臘 きゅうろう。去年の12月。新年になってから用いる。臘は陰暦12月。
濁り酒 にごりざけ。発酵させただけで、糟かすを漉こしていない白くにごった酒。どぶろく。
泡盛 あわもり。沖縄産の焼酎。
ブラン デンキブラン。明治15年、浅草の酒店主が開発したブランデー風カクテル。詳しくはhttp://www.kamiya-bar.com/denkibran.html
印半纏 しるしばんてん。家号などを染め出した半纏。江戸後期から職人などが着用。半纏は防寒用や仕事用の和服の上着。
鯛太郎 不明。鯛太郎は鯛の料理の総称でしょうか。鯖吉も同じです。さらにこの1文も意味不明です。「飲み屋にいる庶民にとって紳士は独特の意味がある」でしょうか。でもこれでもやっぱりわからない。
宮比町 戦前、宮比町は上宮比町と下宮比町の2つに分かれていました。戦後、上宮比町だけが名前が変わり「神楽坂4丁目」です。
ハンティング 狩り。狩猟。青空文庫によれば「ハンチング(hunting cap)」と同じ用法もあり、これば鳥打ち帽子のこと。
馬込の旧友の家 大森馬込に住んでいた衣巻省三氏の家でした。
着の身着の儘 きのみきのまま。いま着ている着物以外は何も持っていないこと。
たもと 和服のそでの下の袋状の所。
飯塚酒店の直営 神楽坂大衆食堂は東京市営の食堂でした。酒店の直営ではないと思います。
石川淳 小説家。小説「普賢」で第4回芥川賞。無頼派や戯作派で、理想の喪失と絶望からの再生を描く。生年は明治32年3月7日、没年は昭和62年12月29日。享年は満88歳。
慈眼山 室生犀星氏の住所は「大森区(現大田区)馬込町久保763番地」ですが、その隣に慈眼山萬福寺がありました。
いつも指摘になってしまい恐縮ですが、上宮比町は神楽坂4丁目になったものと思います。(5丁目は肴町)
(いつも新しい記事を楽しみにしています!)
そうでした。直しておきました。