しかし、この本の不思議なところは別にある。当時の東京の盛り場、上野、浅草、日本橋、京橋、銀座、神保町、四谷から新宿、渋谷、道玄坂、牛込神楽坂、人形町、大崎五反田、などの常設露店が、無類の熱心さで一店残らず記録されていて、かなりのスペースがそのことのためにさかれている。 たとえば神楽坂の項。 上の赤城神社のあたりから出発して、右側に、寿司、おでん。左側に、古本、八百屋、ミカン、古本、表札、古本、古着、眼鏡、電気器具、靴墨、洋服直し、古本、靴、ブラッシュ、古本、名刺刷り、古本、柳行李。ここで肴町の電車路(現在の大久保通り)にぶつかり、ここから先、神楽坂下までは毎夜、車馬通行止めで、散歩の人波で雑踏した。 で、露店も両側になる。右側が、がまぐち、文房具、古道具、ネクタイ、ミカン、ナベ類、古道具、白布、キャラメル、古本、表札、切り抜き、眼鏡、古本、地図、ミカン、メタル、メリヤス、古本、額、眼鏡、風船ホオズキ、古道具、寿司、焼鳥、おでん、おもちや、南京豆、寿司、古道具、半衿、ドラ焼、鉗と鋸、唐辛子、焼物、足袋、文房具、化粧品、シャツ、印判、ブラッシュ、石膏細工、ハモニカ、メリヤス、古本、茶碗、鞄、玩具、煎餅、古本、大理石、さびない針、万年筆、人形、熊公焼、花、玩具、櫛類、古本、花、種子、ブラッシュ、古本、ペン字教本、鉛筆、文房具、万年筆、額、足袋、ミカン、古本、古本、シャツ、帽子洗い、焼物、植木、植木、寿司。 左側が、茶碗、金物、眼鏡、枕、下駄、柱掛け、ブラッシュ、金物、アルバム、腕ゴム、スリッパ、雑貨、絆創膏、ガラス、メリヤス、雑貨、モダンペン、がまぐち、雑貨、櫛、口絵、玩具、下駄、古本、台、スリッパ、化粧品、古本、万年筆、金魚、草花、鼻緒、ツツジの枝、メリヤス、エプロン、草履、羽織紐、バナナ、八百屋、刺繍、音譜、屏風、メモリー、マッチペーパー、下駄、ミカン、古本、呼鈴、反物、文房具、紙、片布、ゴム紐、肺量器、古本、八百屋、八百屋、新聞、古本、犬の玩具、櫛、納豆、箱、マーク、ブラッシュ、手品、焼鳥、将棋、箱、植木、植木、盆石。 神楽坂は大正の震災で下町の盛り場が焼けたことがきっかけになって、人出が盛るようになった。それから大戦争に突入するまで、毎夜、散歩の人波で道路が埋まった。 |
上野、浅草、日本橋、京橋、銀座、神保町、四谷、新宿、牛込神楽坂、人形町 下の地図を参照。
渋谷、道玄坂、大崎五反田 さらに南になります。
赤城神社 新宿区赤城元町の神社。江戸時代、徳川幕府が江戸大社の一つで、牛込の鎮守として信仰を集めた。
ブラッシュ ブラシのこと。はけ。獣毛や合成樹脂などを植え込んだ、ごみを払ったり物を塗ったりする道具。
柳行李 コリヤナギの枝の皮をはいで干したものを麻糸で編んで作った収納用の箱。
肴町 現在の神楽坂5丁目
電車路 大久保通りのこと。路面電車(チンチン電車)が走っていました。
白布 白いぬの。白いきれ。
切り抜き 「切り抜き絵」「切り抜き細工」。物の形を切り抜いてとるように描かいた絵や印刷物。
メリヤス ポルトガル語のmeias(靴下)から。機械編みによる薄地の編物全般。
風船ホオズキ このホオズキの実から中身を取り代わりに実に空気を入れると、風船様になる。
南京豆 ピーナッツのこと
半衿 装飾を兼ねたり汚れを防ぐ目的で襦袢などの襟の上に縫いつけた替え襟。
鉗 かなばさみ。金鋏。金鉗。金属の薄板を切る鋏。
さびない針 現在ならばプラスチック製。当時はアルミ製か、日本に入ってきたばかりのステンレス製。おそらくステンレス製でしょう。
口絵 図書の巻頭に入れる絵や図の類。和書では標題紙の次に、洋書では標題紙の対向面に入れるのが一般的。
音譜 ①レコード盤。日本で作られはじめた明治末ころの呼び方。②楽曲を一定の記号で書き表したもの。楽譜。
メモリー 記憶術でしょうか。
マッチペーパー マッチ箱を収集したもの。この頃マッチペーパー(マッチのラベル)の収集が流行した。
反物 和服・帯・夜具などの一枚分に仕上げた布。
肺量器 肺の換気機能を検査する装置。主に肺活量を測定。
マーク 記号。レッテルでしょうか。
盆石 趣のある自然石を盆の上に配して風景を写したもの
大戦争 第二次世界大戦のこと