新宿歴史博物館の「データベース 写真で見る新宿」ID 13108-15は、昭和45年(1970)3月、牛込堀をはさんだ千代田区側から市谷船河原町や神楽坂1丁目を撮ったものです。ID 486(昭和56年頃)よりやや右側、外濠公園あたりにカメラがありました。
この8枚はほとんど同じ写真です。ここでは、ID 13108を詳しく見ていきます。
写真右側に東京理科大学の校舎群が見えます。一番高い②の7号館は、雑誌「ミスターダンディー」(1974年)の写真で数えると9階建てです。この建物は改修を経て現存しますが、手前➃の1号館(ID 12201の「理大薬学部」)と反対側が両方とも高層の校舎になり、目立たなくなってしまいました。
この場所は牛込台地に上がる急斜面で、いくつもの坂があります。坂の上の建物も見えていますが、よく分かりません。ひとつだけ推測すれば➆は神楽坂上の菱屋ビルの可能性が高いでしょう。
外堀通りの都電牛込線(外濠線)は昭和42年(1967)年に廃止、都バスが走っています。「美濃部カラー」と呼ばれた青白塗装でした。
美濃部カラー 昭和43年6月に美濃部知事(当時)の提唱でバスの塗装を改めることになり「クリーム色と青帯の通称『美濃部カラー』は昭和43年のR代とともに現れ、以来12年間一般車の標準色として親しまれてきた。それが、昭和55年8月に車体を入れ替えたミニバス13輌に対して黄色に赤帯の車輌が試験的に導入され、昭和56年3月導入のH代一般車から全面的に採用された(鈴木カラー騒動)」としています。
- 双葉ビル(双葉社)か?
- 東京理科大学7号館
- 東京理科大学3号館
- 東京理科大学1号館
ーーーー若宮公園に上がる坂 - 研究社旧館
- 研究社新館
- 菱屋ビルか?
- 三幸工業
- 三幸工業
ーーーー庾嶺坂。ここから船河原町 - 塩原ホテル 寿苑 東京
- 家の光会館
- スナックベルなど
- 個人宅
ーーーーここは逢坂 - 丸谷石油(ガソリンスタンド)
- 尾形伊之助商店
- 日仏学院
- 教育図書
- 軽自動車工業
- 渋谷ガラス「日本ペイント」
- 神田印刷
- 東京理科大学体育館