文学と神楽坂
蕎麦の「翁庵( おきなあん ) 」は神楽坂上を見で左側にあります。明治17年(1884)、関東大震災以前から商売を続けています。場所はここ 。
朝間義隆氏は映画監督の山田洋次との共著『シナリオをつくる』(筑摩書院、1994年)でこう書いています。
「和可菜」は夕食は出さないので、神楽坂下の山田さんのお気に入りのそば屋「翁」に大体は出かける。近くの理科大学の学生でいつも賑わっている店で、おかみさんたちがすっかり山田ファンになりいつも特別の惣菜をこしらえてもてなしてくれる。主役級の俳優さんとの顔合わせの場所にも、たびたびなっている。
黒川鍾信氏の『神楽坂ホン書き旅館』(日本放送出版協会、2002年)では
神楽坂を下って外堀通りにぶつかるちょっと手前に、「翁( おきな ) 庵( あん ) 」というそば屋がある。午後は東京理科大の学生たちで賑にぎわっている。ここの「カツ丼( どん ) ライス」を知らない者は理科大生でないといわれるほど、卵でとじたカツの皿と大盛り丼( どんぶり ) 飯( めし ) は有名である。 ある晩、山田(洋次氏)たちはこの店に入った。注文を取りにきたアルバイトの店員は、寅さん映画のファンだった。客のひとりが山田洋次だということに気づいた店員は、女将に耳打ちした。それでは奥の座敷に上がってもらいなさいとなり、注文した料理の他に、「これは自家用の惣菜ですがよろしかったら召し上がってください」と、小松菜をそえた厚揚げの煮物と大根のあら炊( だ ) きが出てきた。 これが決め手となった。山田たちはここをすっかり気に入り、また、店の人たちも山田組のファンになった。和可菜でカズさんがやったように、翁庵の女将さんは、徐々に山田や朝間の嗜好( しこう ) を覚えていった。鯛( たい ) や松坂牛は必要ない。季節の食材を惣菜風にして出せば喜ばれるのだから、親戚( しんせき ) 縁者が遊びにきたというあんばいで気楽に調理することができた。
また「拝啓、父上様」 でも登場します。第7話で板前と仲居さんで翁庵(台本では「まるそば」)を舞台に集会があり、料亭「坂下」が廃業してしまうのでは、どうしようというものでした。
昭和56年(1981年)、神吉( かんき ) 拓郎( たくろう ) 氏の『東京気侭地図』の一節です。氏は小説家、俳人、随筆家で、昭和24年NHKにはいり、ラジオ番組「日曜娯楽版」などの放送台本を手がけ、昭和59年、都会生活の哀歓を軽妙な文体で描いた「私生活」で直木賞を受賞しました。『東京気侭地図』の神楽坂 は別に書いています。
坂の上り口から、ほんの二三軒先の左側に「おきな庵」という蕎麦屋があるが、この店は好きだ。学生にとりわけ人気のある店で、見かけも値段も、まったく並の蕎麦屋だが、今どきには珍しいほど、ちゃんとしたものを出す店だと思う。 法政大学を出た男に教えられて入って以来、たびたびこのノレンをくぐるようになった。 お目当ては、カツそば、という珍味なのである。 カツそば、などというと、眉をひそめられそうだが、どうして、どうして、これが悪くない。かけそばの上に、庖丁を入れた薄いトンカツが一枚のっている。普通の感覚でいうと、どうもギラギラとして、シツコくて、とても喰えないと思うだろうが、これが淡々として軽い味わいなのである。 食べてみて、あまりにも意外だったので、教えてくれた男に早速報告すると、その男は、しまった、と額を叩いた。 「忘れてました。温かいのを食べちゃったんでしょう」 「そうだ」 「いうのを忘れたけれど、冷たいのを喰わなくちゃ話になりません。カツそばは、冷しに限るんです」 ますます奇妙である。冷したカツそばなんて喰えるのかしらんと思ったけれど、次に行ったとき、その、冷し、というのを註文した。食べてみて、へえ、と感心した。 温かいのもウマかったけれど、冷し、は一段とウマい。世のなかには不思議な取合せがあるものだと、目をぱちくりして帰ってきた。 ここのカツそばの味は保証してもいいけれど、喰いものの評価は、まったく独断と偏見によるものなので、口に合わないということだってあり得る。でも、大人が食べてみて、損をしたような気にならないことは承け合える。
ここの「かつそば」は「かつ」と「そば」をあわせたもの。かつそばってはじめてだと思った人はだめだめ。食べログによれば「全国にあるカツそばに関連するお店62件を一般ユーザーの口コミをもとに集計した様々なランキングから探すことができます」とでてきます。 すごい。62件もあるんだ。ただし、「カツカレーのカツ そば大盛り」など、「カツ そば」もいれて62店なのですが。入れない場合はとても怖くって調べていません。 かつそばは毎月5日、15日、25日は限定100食まで500円で食べることができます。さらに、毎月8日、18日、28日はいなりずし1個を無料でサービス。 でかつそばを食べてみるとなんと美味しい。かつは厚くはなくて、普通のかつの70%の厚さ。しかも油っこくはない。そばとあっている。おどろきでした。 かつそばには、温かいかつそばと冷たいかつそばがあり、どちらも880円です。確かに「冷しかつそば」の方があっさりしていいと思いますが、それほど違いはあると思えません。
かつそばの2種。左は温かいかつそば。右は冷やしかつそば
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神楽坂
1丁目
和可菜