文学と神楽坂
自動車排気ガスの汚染地域、新宿区の牛込柳町交差点付近で住民の中に、鉛が体内に蓄積しているという報告がありました。 昭和45年5月22日、読売新聞の朝刊は……
交差点の排気ガス禍深刻 体内に鉛異常値 文京医療生協医師団の調査 厚生省・都も重視 新宿・柳町 全国各地で新しい公害禍がこのところ連日のように発見されているが、自動車排気ガスの最汚染地域、東京・新宿の牛込柳町周辺の住民に、正常人に比べ最高7、8倍もの鉛が体内に蓄積されているというショッキングな調査結果が21日夕、革新系の文京医療生協医療団(安達繁団長)から発表された。この鉛公害の発生源は、ハイオクタン・ガソリンに添加されている四エチル鉛などの鉛化合物ではないかと同医師団はみており、これが自動車の排気ガスにまじって野放しに放出されているため、すりばちの底のような立地条件にある同交差点一帯の住民の健康をむしばんでいると推定している。(中略)健康障害、住民も陳情 この調査の対象は、同交差点を中心として半径70㍍以内の地域に住む人たち66人で(中略)鉛の血液中濃度、尿中濃度、それにアンケートによる自覚症状の3点を中心に、検診に当たった。採取した血液、尿を氷川下セツルメント病院で原子吸光分光光度計を使い検査した。 同医師団の説明によると、検診を受けた66人のうち58人までが血中、尿中濃度とも正常人の平均値を大幅に上回り、最高7、8倍もの高い数字が出た。 血中濃度の場合、最高は37歳の男百㏄中138㍃・㌘(1㍃・㌘は百分の1㌘)が検出され、これは平常値同20㍃・㌘の2倍以上となっている。さらに60㍃・㌘を越す人が15人もあり、平常値以下の住民はわずか8人だった。 一方、尿中濃度の最高値は47歳の主婦で、1㍑中152㍃・㌘。尿中の平均値は、学者によっては、同20㍃・㌘から60㍃・㌘まで見解の幅があるが、同医師団の主張するように20㍃・㌘をとると、実に8倍近い数値。(中略) 長谷川豊厚生省公害課課長補佐の話「原子吸光分光光度計はカドミウム、亜鉛の測定に使われているが、鉛の場合は感度が落ちるので、なれた人でないと誤差が出やすい。だが、これだけの結果が出たことは放置できない事実だ。さっそく資料を提供してもらい、学識経験者、試験機関で内容を検討してみたい。そのうえで対策を立てることになろう」(後略)
読売新聞 昭和45年5月22日朝刊
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朝日新聞の夕刊3面では……
排気ガスで広がる鉛中毒 新宿・牛込柳町交差点 蓄積、普通人の7倍 住民調査 25%が職業病なみ 自動車の排気ガスによる汚染が、東京でいちばんという新宿の牛込柳町交差点付近の住民の中に、排気ガス中の鉛が体内に異常に蓄積している――と21日、文京医療生活協同組合医療団(団長、安達繁 同生協理事長)が集団検診の報告を発表した。それによると、血液中の鉛の値が、労災補償で認められる鉛中毒の基準を越えている人が49人中13人もいて、排気ガスによって多くの慢性鉛中毒患者が発生しつつあることが明らかだ、という。(後略)
朝日新聞 昭和45年5月22日夕刊
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新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 7427。牛込柳町の交通渋滞 昭和40年代には、急増する自動車の排気ガスによる大気汚染も問題になった。市谷柳町は、排気ガスによる鉛公害で注目を集め、その後のガソリン無鉛化のきっかけとなった。昭和(戦後) / 昭和45年3月25日
次のシンポジウムでは、東京医科大学教授の赤塚京治氏は銅の定量分析は極めて難しく、誤差は出やすいと明記します。
無鉛化ガソリンへの道 シンポジウム 【牛込柳町の調査結果】住民49人のうち、血液100㏄中の鉛の量は最高で138ガンマ。普通の人は(日本での測定値では約20ガンマといわれる)の7倍近くもの蓄積されている。21ガンマ以上の人が41人もいる。
赤塚氏(東京医科大学教授 公衆衛生学) この結果は異常に高いと思う。世界保健機関(WHO)が昭和42年に、16カ国に鉛の蓄積量を問合わせたことがある。その時の結果では16カ国平均は17ガンマだった。トップはフィンランド26ガンマ。日本は20ガンマ。(中略)わが国では、鉛を取扱う人が100㌘の血液の中に鉛が60ガンマ出たら精密検査を受けることに決まっている。これは国によっては70-90ガンマにしているところもある。牛込柳町交差点付近の人々の場合、この範囲を越えている人もいる。鉛を扱っている工場でも警戒が必要なぐらいのきわめて高濃度のものだ。血液や尿中の鉛の定量分析は技術的にもむずかしい。さらに調査を何度もくりかえしてゆく必要があろう――
朝日新聞 昭和45年5月31日朝刊
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また、週刊現代の「牛込柳町の鉛害データに重大疑義あり–公害騒動の火つけ役・文京医療生協と都庁、東京医大のいい分はこんなに違う」(講談社、昭和45年7月2日)で東京医科大学教授(衛生学・公衆衛生学)の赤塚京治氏は
(都水道局の安全基準によって、上水道には1㍑中100㍃グラムまで鉛がはいっていいことになっている。だから、1日2㍑の水を飲めば、それだけで実に200㍃グラムの鉛が体内にはいりこむことになる)(中略) 人間の大小便による鉛の処理能力は、1日1.31㍉グラム(1310㍃グラム)もあるのです。だから食事と呼吸によって入ってきた鉛は、それほど心配することはないと思います。 |
一方、東京都は検査を行います。「日本におけるガソリン無鉛化の経緯と通産省の役割」で都の検査の結果を示します。203人のうち血中鉛量21μg以上は8人(4%)であり、41μg以上はいませんでした。一方、生協の調査では49人のうち42人(86%)が異常で、41μg以上は30人(61%)でした。
文京医療生活協同組合医師団及び東京都による調査結果 (単位 人)
| | 生協調査(単位 人) | 都調査(単位 人) |
血液100㏄中の鉛量(単位μg) | 138 | 1 | 0 |
81-100 | 7 | 0 |
61-80 | 5 | 0 |
41-60 | 17 | 0 |
21-40 | 12 | 8 |
0-20 | 7 | 195 |
さらに第2次検診では牛込柳町199人を検査、尿中鉛は1人が要注意ライン60μgで、血中鉛注意ライン30μgがゼロでした(読売新聞 昭和45年7月18日朝刊)。また江戸川区、千代田区、足立区、世田谷区の318人は血中、尿中鉛とも労働衛生基準を下回っていました(読売新聞 昭和45年10月13日朝刊)。
どうも生協医療団の検診はおかしいと思われ始めました。しかし……
柳町検診への疑問
鉛の測定は、専門家でさえ正確なデータをつかむのはむずかしいといわれているが、まだまだ稚拙な域を出ていない測定技術で、それも一回ぽっきりの住民検診で、業界の〝バックアップ〞になってはたまらない。「異状なし」の根拠を、労災基準の適用数値に求めていることも、解せないことの一つだ。住宅地は鉛工場ではない。住民が「公害と職業病を同一視している」といきまくのも、当然である。
読売新聞 昭和45年6月28日朝刊
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まあ、これで終わることにしましょう。一方、警視庁はその対策を取り、増設信号機は2015年まで続きました。現在はなくなっています。
交差点を素通りに
警視庁、柳町公害で対策 左折禁止 日中は大型車締出し 東京都新宿区牛込柳町交差点の排気ガス公害の対策を検討していた警視庁交通部は30日、交差点の手前に系統式信号機3つふやして車をさばき、土地が低くなっている交差点では車が止らせないことに決めた。また、左折禁止もあわせて6月10日ごろをめあてに実施する。同庁はこの措置で、交差点付近の排気ガスが減るものと期待している。
牛込柳町交差点の改善施設
この交差点は東西方向の「大久保通り」と南北方向の「外苑東通り」が交わっており、信号機が現在4つある。ここで車や路線バスがエンジンをかけたままとまり、発進の際にエンジンをふかすのが排気ガスの多い原因のひとつとされている。 こんどの措置は―― ➀交差点から東に120㍍離れた大久保通りに西行きの信号機一機を、また西に120㍍離れて同通りに東行きの信号機一機をそれぞれふやし、そこに車の停止線を設ける。この新設信号機と今ある四つの信号機は、特殊な系統式にして、東行きの車と西行きの車は、新設信号機の青信号でスタートすると、交差点をストップすることなしに通過できる。 ➁これが東西方向の車が通りぬけた瞬間、南行きと北行きの信号機が青色になり、南北方向の外苑東通りの車が流れ出すようにする。 ➂二つの信号の組合せによって車をさばくと、新設信号機ができる付近は土地は高いので、交差点付近のように排気ガスがたまることはない。 ➃交差点から二,三〇㍍のところにあるハス停は、渋滞の原因になるので、新設信号機の外側に移す。 ➄交通部は、これとは別に6月1日から午前8時-午後8時の間、路線バスを除く大型車締出すことにしており、新しい信号や左折禁止とあわせて、効果が注目される。
朝日新聞 昭和45年5月30日夕刊
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