ID 18224の奥の右側から見てみると、プラットフォームとJRの線路があり、奥の中央には巨大な石垣と、その奥を歩く通行人たちがいて、白く輝いているのは「牛込見附公衆便所」です。 この石垣は江戸城の外郭門である牛込見附の1部です。ここで「見附」とは「防御のために城の入口に設ける四角形の空地(升形)がある門」です。石垣の手前は道路に沿って、植栽が並んでいます。 ID 18224の中央に牛込橋があり、道路は「早稲田通り」、左に行くと千代田区、右は新宿区です。道路標識は (歩行者通行止め)です。 写真手前の右端は飯田橋駅西口駅舎に続く階段。階段の脇にはエレベーターに続く通路があります。その左は石垣が2段になっていて、段差の部分に石塀と青白の石碑があります。 かつて石垣はツタに覆われ、上部には木が生えていました(ID 9810)。これらは綺麗に除去されています。千代田区は次のように説明しています。
ID 18225ではさらに左向きになって写真を撮っています。左端には緑色の囲いがあるのは、飯田橋駅から写真左側への新たな通路の公示のためでしょう。石垣の奥の2階建ての白い建物は「麹町警察署飯田橋駅前交番」です。最も左の奥は「日本基督教団 富士見町教会」で、わずかに「飯田橋サクラテラス」が見えています。 なお、現在の牛込見附について、側面には再びツタが生えてきています。
ID 489とID 11462は神田川の下流方向を撮っています。左から植物に覆われて突き出しているのは文京区の「市兵衛河岸」です。小屋があり、ガラス扉の中にイスが見えます。昭和55年の住宅地図では「都市◯地再開発(事)飯田橋工区」とあり、工事の詰め所のようなものでした。 その奥、首都高速道路の橋脚ごしに見えているのは「飯田橋公共職業安定所」(現・ハローワーク飯田橋)。さらに右にクレーンが見えているのは、中央大学の旧後楽園校舎(文学部)を解体しているのでしょう。 神田川の右岸は千代田区です。古めかしい「釣り具」の看板が見えるのは、かつて外堀や神田川で釣りを楽しむ人がいたことを示しています。 ID 490−491とID 11463−11464は、やや手前の橋を撮影しています。誤解されがちですが、この橋は文京区と千代田区をつなぐ「船河原橋」です。